寝台の絵に、眠っている人はいない——デ・ホーホ・湖龍斎・ロートレックほか九点
作り付けの寝台、天蓋の幕、蚊帳、畳む夜具。寝台という家具と場所を描いた九点を数えると、横たわる人は二人だけで、確かに眠っている人は一人もいなかった。眠りの前後にだけ絵になる寝床の性格を、木の寝台五点と敷く床三点、詩の中の寝床一点から読み解く。

寝室と題された絵で、寝台を探す
《寝室》と題された絵がある。
題を読んでから絵を見ると、少し戸惑うはずである。
まず、部屋を見る。
赤い敷き瓦の床が、画面の手前いっぱいに広がる。
左の窓から、朝らしい光が入る。
奥の戸口は開け放たれ、その先にもう一つ扉と、外の緑が見える。
戸口には、幼い子どもが立って、こちらを振り向く。
右手では、頭巾の女が両手に布のかたまりを抱えている。
さて、寝台はどこか。
探して、ようやく見つかる。
女のうしろ、右の壁のくぼみに、暗いカーテンの奥がのぞいている。
その陰に、寝床が畳み込まれているのである。

部屋には、ほかにも物が行儀よく収まっている。
左手前の卓には赤い布が掛かり、水差しが載る。
背もたれに菱形の飾りのある椅子が、壁ぎわに二脚。
戸口の上には、風景画が一枚掛かる。
そして寝床の手前の床に、小さな壺がぽつんと置かれている。
十七世紀オランダの家では、寝台を壁に作り付けることがあった。
戸棚のような寝床で、昼はカーテンを引いて閉じてしまう。
だから《寝室》の絵なのに、寝台はほとんど見えない。
女が抱えているのは、寝具か衣類だろう。
床を上げ、部屋を昼の顔に戻す時間である。
子どもは戸口で振り返り、外の光の中へ出て行こうとしている。
夜の名残を片づける手と、朝へ駆け出す足。
寝室の一日は、この二人のあいだで入れ替わる。
寝台は、この絵では隠すべきものとして描かれている。
当サイトの前の回に、眠ることと横たわることは違うという回があった。
あちらで数えたのは、眠る体の姿勢である。
今回は、体をいったん脇に置いて、場所と家具のほうを見たい。
寝台は、家のなかでいちばん私的な家具である。
一日の始まりと終わりを、必ず受け止める場所でもある。
それを絵はどう扱ってきたのか。
隠すのか、飾るのか、部屋ごと描くのか。
九点を並べて、寝台の居場所を数えてみる。
部屋いっぱいの寝台
寝台を堂々と見せる絵も、もちろんある。
六百年前のイタリアでは、こうだった。

記録の種別の欄には、祭壇画の下段の横長の板、とある。
大きな祭壇画の足元で、聖人の逸話を語った一枚である。
橙色の屋根の家が、壁を取り払った書き割りのように描かれる。
左には戸口の並ぶ通り、右には柱の並ぶ露台があり、木々がのぞく。
部屋の中には、赤い掛け布の大きな寝台。
部屋のほぼ半分を、寝台が占めている。
寝台の陰には、横になった人がひとり、顔だけをのぞかせる。
手前では、白い頭巾の男が腰掛けに座り、娘に足を洗わせている。
緑の衣の女は、布に顔を寄せている。
左の窓の外に、光輪を頂いた男が立つ。
聖ニコラウスである。
手にした金の玉を、窓から部屋の中へ投げ入れている。
見れば、赤い寝台の上に、もう金の玉が二つ載っている。
画題の伝えでは、聖人は貧しい家の娘たちのために持参金の金を投げ込んだ。
その金の落ち先が、寝台なのである。
夜の出来事だと、寝台が語っている。
金地とテンペラの、六百年前の板絵である。
聖人の光輪と金の玉は、同じ金で塗られて響き合う。
投げられた贈り物は、机でも床でもなく、寝台に届かなければならない。
眠りの場所に届いてこそ、夜のひそかな施しになるからである。
記録の主題の札にも、寝室、女、聖人と並ぶ。
この時代の絵では、寝台は隠すどころか、部屋の代名詞である。
家の中を示したければ、まず寝台を描く。
それほど、家財のなかで寝台が大きかったのだと考えられる。
幕の中の寝台
十八世紀のフランスでは、寝台に幕が付く。

天蓋から、布がテントのように垂れている。
その幕の内側で、若い女が寝台の縁に腰かけ、肩の布を直している。
かたわらの幕の陰から、もう一つの顔がのぞく。
足元には、猫が一匹うずくまる。
寝台の脚には、彫りの装飾が見える。
寝台が、部屋の中の小部屋になっている。
幕は寒さを防ぎ、同時に目隠しでもあった。
版画の左下には、原画者としてブーシェの名が刷り込まれている。
館の記録では、この版はチョークの素描を真似る技法で摺られた。
青く染めた紙に、黒い線と白い光を重ね、素描そっくりに見せる。
さらに面白いのは、刷り直しの話である。
この後摺りでは、腿の上に布が掛かるよう版が直されたという。
先に赤いインクで摺られた版は、もっと際どかったとある。
その赤摺りがすぐ近くに展示されている、と記録は書いている。
展示室の説明文が、そのまま記録の欄に残ったのだろう。
寝台の絵は、見せてよい範囲を版の直しで調節されたのである。
幕の内側は、それほど気を使う場所だった。
見る側の作法まで、寝台は絵に持ち込んでしまう。
朝の寝台
十九世紀の終わり、寝台はこう描かれる。