作品を知る

寝台の絵に、眠っている人はいない——デ・ホーホ・湖龍斎・ロートレックほか九点

作り付けの寝台、天蓋の幕、蚊帳、畳む夜具。寝台という家具と場所を描いた九点を数えると、横たわる人は二人だけで、確かに眠っている人は一人もいなかった。眠りの前後にだけ絵になる寝床の性格を、木の寝台五点と敷く床三点、詩の中の寝床一点から読み解く。

寝室
ピーテル・デ・ホーホ《寝室》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

寝室と題された絵で、寝台を探す

《寝室》と題された絵がある。

題を読んでから絵を見ると、少し戸惑うはずである。

まず、部屋を見る。

赤い敷き瓦の床が、画面の手前いっぱいに広がる。

左の窓から、朝らしい光が入る。

奥の戸口は開け放たれ、その先にもう一つ扉と、外の緑が見える。

戸口には、幼い子どもが立って、こちらを振り向く。

右手では、頭巾の女が両手に布のかたまりを抱えている。

さて、寝台はどこか。

探して、ようやく見つかる。

女のうしろ、右の壁のくぼみに、暗いカーテンの奥がのぞいている。

その陰に、寝床が畳み込まれているのである。

寝室
ピーテル・デ・ホーホ《寝室》1658年から60年。館の記録では、油彩・カンヴァス。51×60センチ。番号は1942.9.33。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ピーテル・デ・ホーホ《寝室》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

部屋には、ほかにも物が行儀よく収まっている。

左手前の卓には赤い布が掛かり、水差しが載る。

背もたれに菱形の飾りのある椅子が、壁ぎわに二脚。

戸口の上には、風景画が一枚掛かる。

そして寝床の手前の床に、小さな壺がぽつんと置かれている。

十七世紀オランダの家では、寝台を壁に作り付けることがあった。

戸棚のような寝床で、昼はカーテンを引いて閉じてしまう。

だから《寝室》の絵なのに、寝台はほとんど見えない。

女が抱えているのは、寝具か衣類だろう。

床を上げ、部屋を昼の顔に戻す時間である。

子どもは戸口で振り返り、外の光の中へ出て行こうとしている。

夜の名残を片づける手と、朝へ駆け出す足。

寝室の一日は、この二人のあいだで入れ替わる。

寝台は、この絵では隠すべきものとして描かれている。

当サイトの前の回に、眠ることと横たわることは違うという回があった。

あちらで数えたのは、眠る体の姿勢である。

今回は、体をいったん脇に置いて、場所と家具のほうを見たい。

寝台は、家のなかでいちばん私的な家具である。

一日の始まりと終わりを、必ず受け止める場所でもある。

それを絵はどう扱ってきたのか。

隠すのか、飾るのか、部屋ごと描くのか。

九点を並べて、寝台の居場所を数えてみる。

部屋いっぱいの寝台

寝台を堂々と見せる絵も、もちろんある。

六百年前のイタリアでは、こうだった。

持参金を与える聖ニコラウス
ビッチ・ディ・ロレンツォ《持参金を与える聖ニコラウス》1433年から35年。館の記録では、板にテンペラと金。30.5×56.5センチ。番号は88.3.89。メトロポリタン美術館蔵。ビッチ・ディ・ロレンツォ《持参金を与える聖ニコラウス》メトロポリタン美術館蔵

記録の種別の欄には、祭壇画の下段の横長の板、とある。

大きな祭壇画の足元で、聖人の逸話を語った一枚である。

橙色の屋根の家が、壁を取り払った書き割りのように描かれる。

左には戸口の並ぶ通り、右には柱の並ぶ露台があり、木々がのぞく。

部屋の中には、赤い掛け布の大きな寝台。

部屋のほぼ半分を、寝台が占めている。

寝台の陰には、横になった人がひとり、顔だけをのぞかせる。

手前では、白い頭巾の男が腰掛けに座り、娘に足を洗わせている。

緑の衣の女は、布に顔を寄せている。

左の窓の外に、光輪を頂いた男が立つ。

聖ニコラウスである。

手にした金の玉を、窓から部屋の中へ投げ入れている。

見れば、赤い寝台の上に、もう金の玉が二つ載っている。

画題の伝えでは、聖人は貧しい家の娘たちのために持参金の金を投げ込んだ。

その金の落ち先が、寝台なのである。

夜の出来事だと、寝台が語っている。

金地とテンペラの、六百年前の板絵である。

聖人の光輪と金の玉は、同じ金で塗られて響き合う。

投げられた贈り物は、机でも床でもなく、寝台に届かなければならない。

眠りの場所に届いてこそ、夜のひそかな施しになるからである。

記録の主題の札にも、寝室、女、聖人と並ぶ。

この時代の絵では、寝台は隠すどころか、部屋の代名詞である。

家の中を示したければ、まず寝台を描く。

それほど、家財のなかで寝台が大きかったのだと考えられる。

幕の中の寝台

十八世紀のフランスでは、寝台に幕が付く。

寝台に座る若い女
ルイ=マラン・ボネ《寝台に座る若い女》1764年から67年。館の記録では、チョーク技法のエッチングとエングレーヴィング、青い紙に黒と白の摺り。紙は46.5×32.7センチ。番号は1988.151。クリーヴランド美術館蔵。ルイ=マラン・ボネ《寝台に座る若い女》クリーヴランド美術館蔵

天蓋から、布がテントのように垂れている。

その幕の内側で、若い女が寝台の縁に腰かけ、肩の布を直している。

かたわらの幕の陰から、もう一つの顔がのぞく。

足元には、猫が一匹うずくまる。

寝台の脚には、彫りの装飾が見える。

寝台が、部屋の中の小部屋になっている。

幕は寒さを防ぎ、同時に目隠しでもあった。

版画の左下には、原画者としてブーシェの名が刷り込まれている。

館の記録では、この版はチョークの素描を真似る技法で摺られた。

青く染めた紙に、黒い線と白い光を重ね、素描そっくりに見せる。

さらに面白いのは、刷り直しの話である。

この後摺りでは、腿の上に布が掛かるよう版が直されたという。

先に赤いインクで摺られた版は、もっと際どかったとある。

その赤摺りがすぐ近くに展示されている、と記録は書いている。

展示室の説明文が、そのまま記録の欄に残ったのだろう。

寝台の絵は、見せてよい範囲を版の直しで調節されたのである。

幕の内側は、それほど気を使う場所だった。

見る側の作法まで、寝台は絵に持ち込んでしまう。

朝の寝台

十九世紀の終わり、寝台はこう描かれる。