作品を知る

菊は、どこまで数えるかで描き方が変わる——沈周・カイユボット・モンドリアンほか九点

花びらが多く、株も群れる。だから描く人は、どこまで数えるかを決めねばならない。九点のうち四点は花びらを一枚ずつ描き分け、二点では花そのものが丸い塊になっていた。二点では菊は名前の中にある。密に群れるほど、花びらは一枚ずつ描かれなくなる。

王淵に倣う黄菊と丹桂
沈周《王淵に倣う黄菊と丹桂》クリーヴランド美術館蔵

高さ三メートル近い紙に、黄色い花が咲く

たいへん大きな掛幅である。

表装を含めた全体は397.1×127.4センチある。

画のみでも288.5×106.3センチある。

人の背丈をはるかに超える。

その紙いっぱいに、草が茂っている。

画面の下のほうには、低い垣がある。

竹を組んだ柵で、横に走る。

その手前と向こうに、細い茎が何本も立ち上がる。

茎は細く、上へ行くほど曲がる。

葉は切れ込みが深く、五つほどに分かれる。

そして茎の先に、花が付いている。

花びらは細長く、幾重にも重なる。

色は黄色である。

菊である。

画面の右のほうには、別の木がある。

小さな橙色の花が、枝いっぱいに付く。

上の余白には、詩が縦に書かれている。

王淵に倣う黄菊と丹桂
沈周《王淵に倣う黄菊と丹桂》1468年。館の記録では、掛幅・紙本墨画。画のみで288.5×106.3センチ。番号は1997.100。クリーヴランド美術館蔵。沈周《王淵に倣う黄菊と丹桂》クリーヴランド美術館蔵

館の記録では、菊と丹桂はどちらも秋に咲く。

濃い橙の花は、独特の甘い香りを放つという。

そして作者の書き込みによれば、元の時代の画家の様式に倣おうとしたものである。

しかし色を含んだ筆づかいと刷きは、のちの花の絵の様式を先取りしていると記録は読む。

さらに館は、率直な一行を添えている。

この巻の大きさと、構成の複雑さは、圧倒的である。

そして詩も引かれている。

垣の下では、黄色い花が雨をおして咲く。

ほかの花は丹桂の木に寄りかかり、深い緑の苔を照らす。

杯を手に、私はそれらに向かい、何の心配もない。

客が来て門を叩くとき、誰が応えるだろう。

館の記録は、その詩をそう訳している。

書き込みは画面の右上にあり、印が二つ押されている。

そして日付として、九月が記されている。

菊の咲く月に、菊の絵を描いたことになる。

紙の大きさも考えておきたい。

画のみで288.5センチある。

一枚の紙では足りないので、継いで作られている。

継ぎ目は、絵の中では見えにくい。

大きな画面に草花を描くと、一株ずつが実物に近い大きさになる。

つまり見る人は、庭に立つのと同じ高さで花に向かうことになる。

館の記録が圧倒的と書くのは、その体験のことでもある。

菊は、誰の花か

この一幅を出発点に、菊の絵を九点数えていく。

菊は、秋に咲く花である。

東アジアでは、隠者の花とされてきた。

役人の道を退いた詩人が愛したからである。

一方、西洋では、菊は十九世紀に入ってから広く栽培された花である。

日本の版画とともに知られるようになった。

先に言ってしまうと、九点のうち、菊が主題として描かれているのは六点である。

一点では、菊は籠に入れられた品物になる。

そして二点では、菊の字は花の名と人の名に入っている。

つまり九点のうち三点で、菊は花そのものではない。

図案の中の形、翻訳された名、そして役者の名。

いずれも、花のかたちから離れたところにある。

前の回で同じ木が花と実に分かれることを見た。

菊の場合、分かれるのは花の意味である。

詩人が、垣の菊を見る

二点目は、人物のいる掛幅である。

菊を愛でる陶淵明
杜堇《菊を愛でる陶淵明》15世紀後半から16世紀初め。館の記録では、掛幅・紙本着色。画面は148×36センチ。番号は2001.746.2。メトロポリタン美術館蔵。杜堇《菊を愛でる陶淵明》メトロポリタン美術館蔵

たいへん細長い掛幅である。

高さ148センチに対し、幅は36センチしかない。

画面の上のほうには、大きな木が枝を広げる。

幹は太く、樹皮が細かい線で刻まれている。

その下に、低い垣がある。

垣は斜めに走り、画面を横切る。

垣のそばに、菊が数株ある。

花は白く、小さい。

そして画面の中ほどに、人がひとり立っている。

長い衣をまとい、腰に帯を締める。

顔は右を向き、菊のほうを見ている。

片手を胸の前に上げている。

そばには、供の者がひとりいる。

手に何かを持ち、控えている。

館の札は「男性」「風景」「木」の三つである。

つまり館は、この画面を人と風景の絵として登録している。

菊は札に入っていない。

しかし題には、菊を愛でるとある。

九点のうち、菊を見る人が描かれているのは、この一点である。

そして画面の縦横の比は、四対一に近い。

上に木、中ほどに人、下に垣と菊という順に積まれている。

視線を上から下へ動かすと、木、人、花の順に出会う。

人は、木より小さく、花より大きい。

三つの大きさの順が、そのまま画面の段になっている。

垣が斜めに走るのは、その段をつなぐためでもある。

まっすぐ横に引けば、画面は上下に切れてしまう。

斜めなら、目は段から段へ滑っていく。

岩のそばに、菊が咲く

三点目は、画帖の一葉である。

菊と岩(古人に倣う画より)
陳洪綬《菊と岩(古人に倣う画より)》1598年から1652年のあいだ。館の記録では、絹に墨と彩色の画帖の一葉。画面は30.2×26.7センチ。番号は1979.27.1.9。クリーヴランド美術館蔵。陳洪綬《菊と岩(古人に倣う画より)》クリーヴランド美術館蔵

正方形に近い小さな画面である。

左に、灰色の岩が置かれている。

岩は縦に長く、表面に穴が開いている。

その穴が、向こう側へ抜けている。

岩の右に、菊が数本立つ。

茎は細く、上でわずかに傾く。

葉は小さく、切れ込みが浅い。

花は白と淡い黄で、輪郭線で描かれている。

花びらは、中心から放射状に伸びる。

一枚ずつが細く、数が多い。

館の記録では、この画帖は二十図から成る。

そして館は、菊についても一行を添えている。

菊は、政の道を退いたある詩人を思い起こさせる。

館の記録は、そう書いている。

つまり、菊を描くことは、その詩人を指すことでもある。

前の一点で菊を見ていた人物が、まさにその詩人である。

同じ画帖の別の一葉は、鶴と亀の回竹の回でも見た。

この帖には、獣も鳥も草木も入っている。

菊はその中の一葉として、岩と組み合わされている。

岩に穴が開いていることにも意味がある。

穴の空いた石は、机上に置いて眺める石として好まれた。

つまりこの岩は、自然の岩ではなく、選ばれ、運ばれた石である。

そして菊も、垣のそばに植えられた花である。

どちらも、人の手が入ったものが並んでいる。

館の記録が縮小と呼ぶのは、こうした庭の道具立てのことでもある。

小さな画面に、小さな石と小さな花が置かれている。