菊は、どこまで数えるかで描き方が変わる——沈周・カイユボット・モンドリアンほか九点
花びらが多く、株も群れる。だから描く人は、どこまで数えるかを決めねばならない。九点のうち四点は花びらを一枚ずつ描き分け、二点では花そのものが丸い塊になっていた。二点では菊は名前の中にある。密に群れるほど、花びらは一枚ずつ描かれなくなる。

高さ三メートル近い紙に、黄色い花が咲く
たいへん大きな掛幅である。
表装を含めた全体は397.1×127.4センチある。
画のみでも288.5×106.3センチある。
人の背丈をはるかに超える。
その紙いっぱいに、草が茂っている。
画面の下のほうには、低い垣がある。
竹を組んだ柵で、横に走る。
その手前と向こうに、細い茎が何本も立ち上がる。
茎は細く、上へ行くほど曲がる。
葉は切れ込みが深く、五つほどに分かれる。
そして茎の先に、花が付いている。
花びらは細長く、幾重にも重なる。
色は黄色である。
菊である。
画面の右のほうには、別の木がある。
小さな橙色の花が、枝いっぱいに付く。
上の余白には、詩が縦に書かれている。

館の記録では、菊と丹桂はどちらも秋に咲く。
濃い橙の花は、独特の甘い香りを放つという。
そして作者の書き込みによれば、元の時代の画家の様式に倣おうとしたものである。
しかし色を含んだ筆づかいと刷きは、のちの花の絵の様式を先取りしていると記録は読む。
さらに館は、率直な一行を添えている。
この巻の大きさと、構成の複雑さは、圧倒的である。
そして詩も引かれている。
垣の下では、黄色い花が雨をおして咲く。
ほかの花は丹桂の木に寄りかかり、深い緑の苔を照らす。
杯を手に、私はそれらに向かい、何の心配もない。
客が来て門を叩くとき、誰が応えるだろう。
館の記録は、その詩をそう訳している。
書き込みは画面の右上にあり、印が二つ押されている。
そして日付として、九月が記されている。
菊の咲く月に、菊の絵を描いたことになる。
紙の大きさも考えておきたい。
画のみで288.5センチある。
一枚の紙では足りないので、継いで作られている。
継ぎ目は、絵の中では見えにくい。
大きな画面に草花を描くと、一株ずつが実物に近い大きさになる。
つまり見る人は、庭に立つのと同じ高さで花に向かうことになる。
館の記録が圧倒的と書くのは、その体験のことでもある。
菊は、誰の花か
この一幅を出発点に、菊の絵を九点数えていく。
菊は、秋に咲く花である。
東アジアでは、隠者の花とされてきた。
役人の道を退いた詩人が愛したからである。
一方、西洋では、菊は十九世紀に入ってから広く栽培された花である。
日本の版画とともに知られるようになった。
先に言ってしまうと、九点のうち、菊が主題として描かれているのは六点である。
一点では、菊は籠に入れられた品物になる。
そして二点では、菊の字は花の名と人の名に入っている。
つまり九点のうち三点で、菊は花そのものではない。
図案の中の形、翻訳された名、そして役者の名。
いずれも、花のかたちから離れたところにある。
前の回で同じ木が花と実に分かれることを見た。
菊の場合、分かれるのは花の意味である。
詩人が、垣の菊を見る
二点目は、人物のいる掛幅である。

たいへん細長い掛幅である。
高さ148センチに対し、幅は36センチしかない。
画面の上のほうには、大きな木が枝を広げる。
幹は太く、樹皮が細かい線で刻まれている。
その下に、低い垣がある。
垣は斜めに走り、画面を横切る。
垣のそばに、菊が数株ある。
花は白く、小さい。
そして画面の中ほどに、人がひとり立っている。
長い衣をまとい、腰に帯を締める。
顔は右を向き、菊のほうを見ている。
片手を胸の前に上げている。
そばには、供の者がひとりいる。
手に何かを持ち、控えている。
館の札は「男性」「風景」「木」の三つである。
つまり館は、この画面を人と風景の絵として登録している。
菊は札に入っていない。
しかし題には、菊を愛でるとある。
九点のうち、菊を見る人が描かれているのは、この一点である。
そして画面の縦横の比は、四対一に近い。
上に木、中ほどに人、下に垣と菊という順に積まれている。
視線を上から下へ動かすと、木、人、花の順に出会う。
人は、木より小さく、花より大きい。
三つの大きさの順が、そのまま画面の段になっている。
垣が斜めに走るのは、その段をつなぐためでもある。
まっすぐ横に引けば、画面は上下に切れてしまう。
斜めなら、目は段から段へ滑っていく。
岩のそばに、菊が咲く
三点目は、画帖の一葉である。

正方形に近い小さな画面である。
左に、灰色の岩が置かれている。
岩は縦に長く、表面に穴が開いている。
その穴が、向こう側へ抜けている。
岩の右に、菊が数本立つ。
茎は細く、上でわずかに傾く。
葉は小さく、切れ込みが浅い。
花は白と淡い黄で、輪郭線で描かれている。
花びらは、中心から放射状に伸びる。
一枚ずつが細く、数が多い。
館の記録では、この画帖は二十図から成る。
そして館は、菊についても一行を添えている。
菊は、政の道を退いたある詩人を思い起こさせる。
館の記録は、そう書いている。
つまり、菊を描くことは、その詩人を指すことでもある。
前の一点で菊を見ていた人物が、まさにその詩人である。
この帖には、獣も鳥も草木も入っている。
菊はその中の一葉として、岩と組み合わされている。
岩に穴が開いていることにも意味がある。
穴の空いた石は、机上に置いて眺める石として好まれた。
つまりこの岩は、自然の岩ではなく、選ばれ、運ばれた石である。
そして菊も、垣のそばに植えられた花である。
どちらも、人の手が入ったものが並んでいる。
館の記録が縮小と呼ぶのは、こうした庭の道具立てのことでもある。
小さな画面に、小さな石と小さな花が置かれている。
菊と桐が、文様として並ぶ
四点目は、下絵である。

薄い紙に、輪郭のゆるい形が並ぶ。
画面の下のほうに、丸い花がいくつかある。
花びらは短く、放射状に付く。
色は白と淡い黄である。
その上に、大きな葉が広がる。
葉は三つに分かれ、先が尖る。
桐の葉である。
菊の花と桐の葉が、上下に重なって置かれている。
輪郭線は途切れがちで、色は塗り残しが多い。
館の記録では、これは版画になる前の下絵である。
薄い紙に墨と彩色で描いたという。
そして、この自由な描き方は完成した版画よりずっとゆるい。
館の記録は、その差をはっきり書いている。
同じ連作の別の下絵は、鶏の回で見た。
そちらでは、竹の柵の向こうに鶏がいた。
こちらでは、二つの植物が文様として組み合わされている。
菊と桐の組み合わせは、日本で古くから用いられてきた。
つまりこの下絵は、花の写生ではない。
決まった組み合わせを、図案として描き直している。
図案には、写生とは別の要求がある。
繰り返しても崩れないこと。
染めや織りに移しても分かること。
だから花びらの数は減らされ、葉の形は整えられる。
この下絵でも、菊の花びらは短く、数が少ない。
実際の菊より、ずっと単純である。
単純にすることが、図案を作ることである。
館の記録は、そこまでは書いていない。
籠の中に、菊と茸が入る
五点目では、菊は品物になる。

横に極端に長い画面である。
19.1×52.8センチある。
中央に、浅い籠が置かれている。
籠は細い竹を編んで作られている。
その中に、いくつかのものが入っている。
まず、閉じた扇がある。
骨が並び、端に房が付く。
その隣に、菊の花がある。
花は白く、茎ごと切られている。
葉も何枚か付いている。
そして反対側に、茸がいくつか転がる。
傘は褐色で、軸が太い。
背景には何も描かれていない。
館の記録では、これは私的に注文された刷り物である。
特別な出来事を知らせたり、記念したりするために使われる。
そして館は、こう続ける。
菊は秋の第一のしるしであるから、この刷り物は季節の移り変わりを祝うために作られたのかもしれない。
館の記録は、そう推測している。
つまりここでの菊は、切られ、籠に入れられた状態である。
九点のうち、菊が切り花になっているのは、この一点だけである。
そして籠に入っているものの取り合わせも見ておきたい。
扇と、菊と、茸である。
扇は夏の道具、菊と茸は秋のものである。
つまり季節の変わり目が、一つの籠に入っている。
館の記録が季節の移り変わりを祝う刷り物かもしれないと書くのは、その取り合わせによる。
そして横に長い判型も、籠を横向きに見せるのに合っている。
19.1×52.8センチは、扇を開いた形にも近い。
庭の菊は、こちらへ迫る
六点目と七点目は、西洋の油彩である。

縦長の画面である。
画面のほとんどが、花で埋まっている。
花は白、黄、赤紫が混じる。
一つずつの花は、丸い塊として描かれている。
花びらの一枚ずつは分けられていない。
絵の具が厚く置かれ、盛り上がっている。
葉は濃い緑で、花のあいだにのぞく。
上のほうには、細い茎と、背後の暗い緑がある。
地面も、空も、垣も描かれていない。
つまり、この画面には遠近がほとんどない。
花の面が、画面の手前まで迫ってくる。
館の札は「花」と「パリ」の二つである。
題には、庭のある土地の名が入っている。
作者が住み、庭を作った場所である。
九点のうち、菊がこれほど密に群れているのは、この一点である。
そして視点が低い。
花の高さから見ているので、地面が見えない。
庭を描くとき、ふつうは道や垣が入る。
この画面には、そうした手がかりが一つもない。
つまり見る人は、花の中に立たされている。
絵の具の厚みも、その近さを強めている。
近づけば、絵の具の峰が影を作る。
花の凹凸と、絵の具の凹凸が重なる。

正方形に近い小さな画面である。
背景は灰色がかった緑で、平らに塗られている。
その中央に、花が一輪だけある。
正面から見た形である。
花びらは細長く、中心から外へ広がる。
一枚ずつが独立して描かれている。
色は白と淡い黄で、影の側は灰色になる。
茎は下へまっすぐ伸びる。
葉は一枚だけ、左に付く。
館の記録では、作者は菊の複雑な構造に魅かれていた。
生涯を通じて、この繊細な花を描いたという。
そして館は、注意を引く一行を添えている。
この正面向きの一輪は、日本の版画の様式化された菊を思わせる。
作者は、花を描いたあとしばらくして、下の縁に頭文字と年を書き加えた。
同じ主題にくり返し戻ったので、この絵は1942年ほどに作られたのかもしれない。
その年、作者はこれを展示したという。
館の記録は、そう書いている。
つまり制作の年は、1906年とも1942年とも決めきれない。
九点のうち、制作の年の幅がもっとも広いのは、この一点である。
背景の塗り方も見ておきたい。
灰色がかった緑が、平らに広げられている。
筆の跡はほとんど残っていない。
一方、花びらには筆の跡がはっきり残る。
平らな地と、動きのある花。
その差が、一輪を浮き上がらせている。
そして花は、画面の中央よりわずかに上にある。
下に空いた部分が、茎の伸びる余地になっている。
名前の中の菊、二点
最後の二点で、菊は字になる。

縦長の画面である。
背景は暗い青灰色で、筆の跡が残る。
その前に、花束が広がる。
花は黄色で、花びらが細長い。
中心は褐色の丸い塊である。
数えると、二十を超える。
茎は緑で、上へ向かって伸びる。
葉は幅広く、先が尖る。
下のほうには、器の縁がわずかに見える。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
日本語では、この花の名に菊の字が入る。
しかし、菊とは別の植物である。
花の形が似ているために、その字が当てられた。
つまりここでの菊は、翻訳された名の中にある。
花の形も見ておきたい。
花びらが細長く、中心が丸く盛り上がる。
菊の花びらは中心まで密に詰まるが、この花は中心が別のものになっている。
そこが、菊と違うところである。
しかし遠目には、黄色い放射状の花として似て見える。
名を付ける人は、遠目の似姿で判断したのだろう。
そしてその名が、そのまま翻訳されて残っている。
九点のうち、別の植物が菊の名で呼ばれているのは、この一点である。

細長い縦の版画である。
30.7×15センチしかない。
人がひとり、立っている。
長い袖の着物を重ね、帯を高く締めている。
髪は結い上げられ、前へ張り出す。
顔は横を向き、目を細めている。
片手を胸の前に上げ、もう一方は袖に隠れる。
着物の模様は、太い曲線でできている。
黒く光る部分がある。
漆を使って刷った箇所である。
背景は塗られておらず、紙の色である。
館の記録では、この人は劇場である役を演じている。
題には、演じた劇場と年月も記されている。
そしてこの役者の名に、菊の字が入っている。
しかし画面のどこにも、花はない。
着物の模様も、菊ではない。
九点のうち、菊が人の名になっているのは、この一点である。
漆絵という技法も見ておきたい。
墨に膠や漆を混ぜて厚く刷ると、その部分だけが黒く光る。
着物の帯や髪の一部が、そうして光っている。
紙の上に、艶のある面と艶のない面ができる。
角度を変えれば、光る場所が動く。
つまりこの版画は、傾けて見ることを想定している。
そして色は、刷ったあとに手で差されている。
一枚ずつ、色の濃さが少しずつ違う。
数えてみると
九点を並べ直す。
菊が咲いた姿で描かれているのは、五点である。
垣の下の黄色い花、詩人の見る白い花、岩のそばの数本、庭の群れ、そして正面の一輪。
図案として組み合わされているのが一点、切り花が一点である。
そして二点では、菊の字が花の名と人の名になっている。
もう一つ数えておく。
九点のうち、花びらが一枚ずつ描き分けられているのは四点である。
沈周の黄菊、陳洪綬の白菊、モンドリアンの一輪、そしてモネの黄色い花。
カイユボットの庭では、花は丸い塊である。
北斎の刷り物でも、花びらは数本の線で足りている。
密に群れるほど、一枚ずつは描かれなくなる。
もう一つ、支持体の大きさも並べておく。
いちばん大きいのは沈周の掛幅で、画のみで288.5センチある。
いちばん小さいのはモンドリアンの油彩で、41.5センチしかない。
七倍の差がある。
同じ花が、七倍の幅を持つ画面に描かれている。
大きい画面では株が群れ、小さい画面では一輪になる。
画面の大きさが、数を決めている。
言えることと、言えないこと
言えるのは、菊が「数の花」だということである。
花びらが多く、株も群れる。
だから描く人は、どこまで数えるかを決めなければならない。
一輪を正面から描けば、花びらは数えられる。
群れを描けば、花そのものが数えられなくなる。
九点は、その両端のあいだに散らばっている。
言えないのは、東西で描き方が分かれるという話である。
一枚ずつ描き分けた四点のうち、二点は西洋の作である。
塊として描いた二点のうち、一点は東アジアの作である。
分かれているのは土地ではなく、株の数である。
そしてもう一つ、目的の違いもある。
図案として描くなら、単純にする。
写生として描くなら、細部を追う。
同じ人が、その両方を使い分けることもある。
九点のうち、下絵として描かれたのは一点だけだった。
その一点だけが、はっきりと単純化されている。
最後に、はじめの一幅へ戻る。
高さ三メートル近い紙に、垣と草と二種類の花が詰め込まれていた。
書き込まれた詩は、杯を手に花に向かうと言っていた。
そして、門を叩く客に誰が応えるだろう、と結んでいた。
大きな画面の中で、人はひとりも描かれていない。
菊を見るはずの人は、次の一点で現れる。
垣の下の花と、それを見る人が、別の掛幅に分かれている。
九点を数え終えて残るのは、その応える者のいない静けさのほうである。


