美術史・技法

手紙の絵には、書いた人がいない——ホーファー・フラゴナール・光琳ほか九点

文箱(身)
尾形光琳《文箱(身)》18世紀。館の記録では、漆に錫と螺鈿の象嵌。全体24.2×21.6センチ。番号は1972.165.a。クリーヴランド美術館蔵。尾形光琳《文箱(身)》クリーヴランド美術館蔵

浅い箱である。

内側は、暗い赤褐色である。

その面に、細い草が描かれる。

茎が斜めに走り、白い花が数輪咲く。

葉が細長く伸びる。

模様は、金と、白っぽい素材でできている。

館の記録によれば、錫と貝を象嵌したものだという。

漆の面を彫り、そこに材料をはめ込む。

そして、表面を平らに研ぐ。

だから、模様と地が同じ高さになる。

箱の縁は、丸く落とされている。

番号に枝番が付いている。

末尾に小文字が一つ入る。

これは、身と蓋を区別するためだと考えられる。

つまり、蓋は別の番号を持つ。

第十七回で、一点の単位を扱った。

一つの箱が、二件に分かれることがある。

この箱は、手紙を入れるためのものである。

つまり、手紙そのものは残っていない。

残っているのは、入れ物だけだ。

前の回でも、道具が三点混じった。

書く話で見たとおり、行為の名は道具の名にもなる。

手紙が、書物になる

剣を持つ聖パウロの装飾頭文字(ラテン語聖書の一葉)
ヨハネス・グルシュ工房《剣を持つ聖パウロの装飾頭文字、ラテン語聖書の一葉》1250年ごろ。館の記録では、羊皮紙にインク、テンペラ、金。全体14.6×12.1センチ。番号は2001.74。クリーヴランド美術館蔵。ヨハネス・グルシュ工房《剣を持つ聖パウロの装飾頭文字(ラテン語聖書の一葉)》クリーヴランド美術館蔵

小さな羊皮紙の一葉である。

縦14.6センチ、横12.1センチ。

文字が、二段に分かれて並ぶ。

赤と青が、行の頭に使われる。

左の段の中ほどから、細長い装飾が下へ伸びる。

その上部に、四角い枠がある。

青い地に、人物が立つ。

片手に、細長いものを持つ。

館の記録によれば、剣である。

この一葉は、ある書簡の始まりにあたる。

つまり、これも手紙である。

一世紀に書かれた私信が、聖典の一部になった。

そして、千二百年後に写され、装飾を付けられる。

前の回でも、同じ収集からの一葉を見た。

書く話で扱った一点は、1220年ごろの作だった。

こちらは、その三十年ほどあとである。

どちらも、同じ人の集めた一括から館に入っている。

館の記録は、工房の名の由来も書いている。

1267年にある聖書を写した聖職者の名から取られたという。

そして、この工房のものとされる写本が三十九点あると記録は書く。

これは館の記述である。

第十四回で、工房の名の付け方を扱った。

作者が特定できないとき、記録は代わりの呼び名を作る。

手紙は、画面の中でどう見えるか

九点で、手紙がどう描かれているかを数えた。

白い長方形として描かれるものが六点。

そのうち、広げられているものが四点。

折られたままのものが二点である。

そして、細長く伸びるものが一点。

これは、東アジアの巻いた紙である。

つまり、手紙の形は地域で違う。

折りたたむ形と、巻く形。

そのどちらかで、持ち方が変わる。

折った紙なら、片手でも持てる。

巻いた紙は、両手で広げなければならない。

九点のうち、両手で持つのは三点だった。

いずれも、大きく広げている。

そして、明るさにも共通点がある。

手紙は、画面の中でいちばん明るい部分になることが多い。

九点のうち五点で、そうなっていた。

白い紙は、光を返す。

そして、まわりが暗ければ、そこに目が行く。

第十九回で、光源の話を書いた。

光源の話では、画面の中の光が構図を決めていた。

手紙は、光源ではない。

だが、光を受ける面として同じ働きをする。

顔と紙が並ぶと、二つの明るい面ができる。

九点のうち四点で、その形になっていた。

手紙を読む場所

読む場所も数えた。

室内が四点、屋外が二点。

場所が分からないものが三点である。

室内の四点は、いずれも背景が暗い。

そして、人物が明るく浮かぶ。

屋外の二点では、事情が違う。

一点は、木立の下で横たわる場面である。

もう一点は、修道院の入口らしい場所だ。

手紙を読む場面が室内に多いのは、理由があると思う。

一つは、私的な行為だからである。

宛先の人だけが読む。

だから、人のいない場所を選ぶ。

もう一つは、絵の作りの都合である。

暗い室内なら、紙と顔だけを明るくできる。

余計なものを描かずに済む。

九点のうち、背景に多くのものが描かれるのは二点だけだった。

家族が集まる一点と、寝台のある一点である。

残る七点では、背景が省かれるか、暗く沈んでいる。

九点を並べて、数えられたこと

手紙を読んでいる人が描かれるのは五点。

手紙を持っているが読んでいないのが二点。

手紙そのものが一点。

入れ物が一点である。

読む人の視線も数えた。

紙を見ているのが四点。

上を向いているのが一点。

こちらを見ているのが一点。

目を閉じているのが一点。

つまり、半分近くは紙を見ていない。

読み終えたあとか、読む前かである。

材料も数えた。

布が四点、紙が二点、羊皮紙が一点、漆が一点、そして版画が一点。

大きさの幅も広い。

14.6センチの一葉から、90.7センチの油彩まで。

記録に書かれていないこと

館の記録は、手紙の内容を書くことがある。

九点のうち三点で、何の手紙か分かる。

往復書簡、入会の許可、そして遠方からの便り。

残る六点では、内容が分からない。

そして、画面の文字はどれも読めない。

線が引かれているだけである。

これは、当然でもある。

読ませるためではなく、紙だと示すためだからだ。

もう一つ、記録が書かないことがある。

誰が書いたか、である。

九点のどの記録にも、差出人は書かれていない。

読む人は描かれる。

書いた人は、画面にも記録にもいない。

手紙の絵は、常に片側だけを示している。

第十七回で、二人の関係を数えた。

二人の話では、二人とも画面にいた。

手紙の場合、もう一人は画面の外にいる。

そして、その人がどこにいるかも書かれない。

そして、手紙がいつ届いたかも書かれない。

一日で届いたのか、半年かかったのか。

移民の手紙の一点では、海を越えてきたはずである。

十九世紀の郵便なら、数週間から数か月かかる。

その時間の長さが、この絵の主題でもある。

だが、記録はそこに触れない。

書かれているのは、布に油彩、という技法だけだ。

次の回は、音を出す人を見る。

絵に描けないものを、どう示すかである。

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