美術史・技法

手紙の絵には、書いた人がいない——ホーファー・フラゴナール・光琳ほか九点

読む人だけが描かれ、差出人は画面の外にいる。だから、内容は読む顔からしか読めない。九点で、視線の高さを数えたい。紙を見る、上を向く、目を閉じる。その三つが時間の前後を示す。手紙は、画面でいちばん明るい面になることが多い。五点でそうなっていた。

手紙
カール・ホーファー《手紙》クリーヴランド美術館蔵

白い紙が、両手で開かれている

縦長の油彩である。

暗い背景の前に、人物が座る。

黄色い上着を着ている。

襟元が白く、丸く開く。

頭に、白っぽい布を巻く。

その布が、頭の形に沿う。

両手で、白い紙を持っている。

紙は、大きく広げられている。

そこに、細かい線が走る。

文字らしいが、読めない。

顔は、その紙のほうを向く。

目は、紙の上にある。

左下に、机の角が見える。

その上に、緑と白の紙が重なる。

手紙
カール・ホーファー《手紙》1934年。館の記録では、布に油彩。90.7×70センチ。番号は1939.750。クリーヴランド美術館蔵。カール・ホーファー《手紙》クリーヴランド美術館蔵

手紙という主題には、はっきりした特徴がある。

書いた人が、画面にいないことである。

読む人だけが描かれる。

そして、書いた人はどこか別の場所にいる。

つまり、画面の外に、もう一人がいる。

九点を並べて、その扱いを数えたい。

前の回で、書く人を見た。

書く話では、書く姿勢が主題だった。

今回は、その反対側である。

読む顔が、主題になる

館の記録によれば、この作者の絵には落胆と悲観が満ちているという。

そして、限られた主題を繰り返し描いたと書かれる。

さらに館は、この作者が1933年に教職を追われたと記す。

これは館の記述である。

こちらで確かめられるのは、顔が紙を見ている、ということだ。

手紙の絵では、たいてい表情が問題になる。

何が書いてあるかは、見る側に分からない。

分かるのは、読んでいる人の顔だけである。

エロイーズとアベラールの手紙を読む婦人
ベルナール・ダジェシ《エロイーズとアベラールの手紙を読む婦人》1780年ごろ。館の記録では、布に油彩。81.3×64.8センチ。額を含めて105.5×89.9×11.5センチ。番号は1994.430。シカゴ美術館蔵。ベルナール・ダジェシ《エロイーズとアベラールの手紙を読む婦人》シカゴ美術館蔵

館の記録は、額を含む寸法も書いている。

105.5×89.9×11.5センチである。

厚みが11.5センチある。

九点のうち、いちばん厚い額だ。

出所の行には、三つの名が並ぶ。

基金が二つと、収集の名が一つである。

つまり、複数の資金を合わせて購入している。

第十八回で、出所の行の書き分けを扱った。

出所の行の話で見たとおり、購入なら基金の名が入る。

赤い布を背にして、人物が座る。

白い衣を着ている。

袖が広く、胸元が開く。

髪は結い上げられ、一房が肩へ落ちる。

右手に、小さな本を持つ。

その本は、開かれている。

左腕は、机の上に置かれる。

机の上には、鎖のようなものと、赤い巻物がある。

顔は上を向く。

目は、天井のあたりへ向く。

つまり、読むのをやめて、何かを考えている。

題によれば、読んでいるのは往復書簡である。

十二世紀の二人が交わした手紙だという。

つまり、これは本になった手紙である。

もとは私信だったものが、印刷されて広く読まれる。

そして、それを読む人が絵になる。

手紙は、宛先の人だけが読むものだった。

だが、時が経つと、誰でも読めるようになる。

読む人は、一人とはかぎらない

文を読む角玉屋の花魁小紫
鳥文斎栄之《文を読む角玉屋の花魁小紫》1794年ごろ。館の記録では、木版画。紙に墨と色。高さ39.4センチ、幅26センチ。番号はJP950。メトロポリタン美術館蔵。鳥文斎栄之《文を読む角玉屋の花魁小紫》メトロポリタン美術館蔵

館の記録は、寸法を高さと幅で書いている。

高さ39.4センチ、幅26センチ。

縦横をまとめて書く館と、分けて書く館がある。

第十三回で、寸法の欄の書き方を扱った。

同じ数字でも、書き方が揃わない。

縦長の版画である。

人物が一人、床に座る。

体を横に向け、脚を折る。

淡い色の衣を重ねる。

裾に、白い波のような模様がある。

髪は高く結われ、多くの簪を挿す。

両手で、細長い紙を持つ。

その紙は、右から左へ広がる。

顔は下を向き、目は紙の上にある。

左上に、四角い札があり、文字が書かれる。

右下に、印がある。

床には、小さな箱が置かれる。

この一点も、読む人が一人である。

そして、書いた人はいない。

第十九回で、持ち物が人の役を示すと書いた。

本を持つ話で扱ったのは、本だった。

手紙は、本と形が違う。

横に長く伸びる。

だから、両手で持つ姿勢になる。

そして、持つ手の幅が、紙の長さを示す。

移民の手紙
ハワード・ヘルミック《移民の手紙》1868年。館の記録では、布に油彩。50.2×41.3センチ。額を含めて71.8×62.9×8.9センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。ハワード・ヘルミック《移民の手紙》スミソニアン協会蔵

館の記録は、寸法を二つ書いている。

絵そのものが50.2×41.3センチ。

額を含めて71.8×62.9×8.9センチである。

絵より、縦横それぞれ二十センチ以上大きい。

室内である。

天井の梁が、上に見える。

右に、緑の戸口がある。

その手前に、若い女性が立つ。

両手で紙を持ち、それを読んでいる。

左に、四人がいる。

一人は椅子に座る男である。

その後ろに、赤い頭巾の老人がいる。

さらに、子を抱いた女性が立つ。

床には、小さな子どもが座る。

全員が、読んでいる人のほうを向いている。

床は土間で、椅子が二脚ある。

題は「移民の手紙」である。

つまり、遠くへ行った人からの便りだ。

そして、一人が読み、残りが聞いている。

これは、当時よくある光景だった。

読み書きができる人が限られていたからである。

館の記録には、そこまでの説明がない。

書かれているのは、題と、技法と、寸法だけだ。

こちらで確かめられるのは、四人が一人を見ている、ということである。

九点のうち、複数で聞く場面はこの一点だけだった。