手紙の絵には、書いた人がいない——ホーファー・フラゴナール・光琳ほか九点
読む人だけが描かれ、差出人は画面の外にいる。だから、内容は読む顔からしか読めない。九点で、視線の高さを数えたい。紙を見る、上を向く、目を閉じる。その三つが時間の前後を示す。手紙は、画面でいちばん明るい面になることが多い。五点でそうなっていた。

白い紙が、両手で開かれている
縦長の油彩である。
暗い背景の前に、人物が座る。
黄色い上着を着ている。
襟元が白く、丸く開く。
頭に、白っぽい布を巻く。
その布が、頭の形に沿う。
両手で、白い紙を持っている。
紙は、大きく広げられている。
そこに、細かい線が走る。
文字らしいが、読めない。
顔は、その紙のほうを向く。
目は、紙の上にある。
左下に、机の角が見える。
その上に、緑と白の紙が重なる。

手紙という主題には、はっきりした特徴がある。
書いた人が、画面にいないことである。
読む人だけが描かれる。
そして、書いた人はどこか別の場所にいる。
つまり、画面の外に、もう一人がいる。
九点を並べて、その扱いを数えたい。
前の回で、書く人を見た。
書く話では、書く姿勢が主題だった。
今回は、その反対側である。
読む顔が、主題になる
館の記録によれば、この作者の絵には落胆と悲観が満ちているという。
そして、限られた主題を繰り返し描いたと書かれる。
さらに館は、この作者が1933年に教職を追われたと記す。
これは館の記述である。
こちらで確かめられるのは、顔が紙を見ている、ということだ。
手紙の絵では、たいてい表情が問題になる。
何が書いてあるかは、見る側に分からない。
分かるのは、読んでいる人の顔だけである。

館の記録は、額を含む寸法も書いている。
105.5×89.9×11.5センチである。
厚みが11.5センチある。
九点のうち、いちばん厚い額だ。
出所の行には、三つの名が並ぶ。
基金が二つと、収集の名が一つである。
つまり、複数の資金を合わせて購入している。
第十八回で、出所の行の書き分けを扱った。
出所の行の話で見たとおり、購入なら基金の名が入る。
赤い布を背にして、人物が座る。
白い衣を着ている。
袖が広く、胸元が開く。
髪は結い上げられ、一房が肩へ落ちる。
右手に、小さな本を持つ。
その本は、開かれている。
左腕は、机の上に置かれる。
机の上には、鎖のようなものと、赤い巻物がある。
顔は上を向く。
目は、天井のあたりへ向く。
つまり、読むのをやめて、何かを考えている。
題によれば、読んでいるのは往復書簡である。
十二世紀の二人が交わした手紙だという。
つまり、これは本になった手紙である。
もとは私信だったものが、印刷されて広く読まれる。
そして、それを読む人が絵になる。
手紙は、宛先の人だけが読むものだった。
だが、時が経つと、誰でも読めるようになる。
読む人は、一人とはかぎらない

館の記録は、寸法を高さと幅で書いている。
高さ39.4センチ、幅26センチ。
縦横をまとめて書く館と、分けて書く館がある。
第十三回で、寸法の欄の書き方を扱った。
同じ数字でも、書き方が揃わない。
縦長の版画である。
人物が一人、床に座る。
体を横に向け、脚を折る。
淡い色の衣を重ねる。
裾に、白い波のような模様がある。
髪は高く結われ、多くの簪を挿す。
両手で、細長い紙を持つ。
その紙は、右から左へ広がる。
顔は下を向き、目は紙の上にある。
左上に、四角い札があり、文字が書かれる。
右下に、印がある。
床には、小さな箱が置かれる。
この一点も、読む人が一人である。
そして、書いた人はいない。
第十九回で、持ち物が人の役を示すと書いた。
本を持つ話で扱ったのは、本だった。
手紙は、本と形が違う。
横に長く伸びる。
だから、両手で持つ姿勢になる。
そして、持つ手の幅が、紙の長さを示す。

館の記録は、寸法を二つ書いている。
絵そのものが50.2×41.3センチ。
額を含めて71.8×62.9×8.9センチである。
絵より、縦横それぞれ二十センチ以上大きい。
室内である。
天井の梁が、上に見える。
右に、緑の戸口がある。
その手前に、若い女性が立つ。
両手で紙を持ち、それを読んでいる。
左に、四人がいる。
一人は椅子に座る男である。
その後ろに、赤い頭巾の老人がいる。
さらに、子を抱いた女性が立つ。
床には、小さな子どもが座る。
全員が、読んでいる人のほうを向いている。
床は土間で、椅子が二脚ある。
題は「移民の手紙」である。
つまり、遠くへ行った人からの便りだ。
そして、一人が読み、残りが聞いている。
これは、当時よくある光景だった。
読み書きができる人が限られていたからである。
館の記録には、そこまでの説明がない。
書かれているのは、題と、技法と、寸法だけだ。
こちらで確かめられるのは、四人が一人を見ている、ということである。
九点のうち、複数で聞く場面はこの一点だけだった。