美術史・技法

舞台の顔は、誰のものか——写楽と勝川派の役者絵

十か月だけ現れた絵師

ここで、写楽に戻りたい。

この絵師の活動期間は、記録の上でははっきりしている。1794年の五月から、翌1795年の一月まで。およそ十か月である。

その間に、140点を超える作品を出している。ほぼ全点が役者絵だった。

版元は蔦屋重三郎。歌麿を世に出した、当時最も勢いのある版元である。

最初に出されたのが、28点の大首絵だった。背景に黒雲母を撒いた、豪華な仕上げである。

雲母摺は手間も材料費もかかる。無名の絵師にこれをやらせるのは、版元としてかなりの投資である。

そして十か月後、この絵師は消える。以後の作品がない。

作品を出た順に並べると、変化が見える。

最初の28点は、大判の大首絵に黒雲母。もっとも金がかかっており、もっとも力がある。

続く時期には、全身像の細判が増える。二人を一枚に収めた構図も現れる。

最後の時期になると、判型は小さくなり、雲母も消える。人物の扱いも定型に近づいていく。

この推移をどう読むかは、見方が分かれている。売れ行きが落ちて投資が縮んだ、と読むこともできる。絵師が型を身につけて丸くなった、と読むこともできる。

どちらにせよ、勢いが最初にあり、次第に落ちていったことは画面から見て取れる。

正体をめぐって

写楽が誰だったのかは、いまも確定していない。

もっとも有力とされているのが、阿波の藩に仕えた能役者、斎藤十郎兵衛だとする説である。江戸後期の記録に、そう記した文献がある。

この説は現在かなり支持されているが、決定的な証拠が揃っているわけではない。他の絵師の変名だとする説も、長く議論されてきた。

ここでは「有力な説がある」以上のことは書かない。

当時の評価と、後世の評価

もうひとつ、注意しておきたいことがある。

いま写楽は浮世絵の代表格として扱われる。しかし当時、飛び抜けて評判がよかったわけではないらしい。

江戸後期の記録には、あまりに真を描きすぎて長く受けなかった、という趣旨の評がある。

役者を美しく描かなかった、ということだろう。冒頭の一枚を見ても、この顔は美男子として描かれていない。

顎はふくらみ、口はへの字で、目つきは険しい。贔屓の役者の絵としては、買いにくい。

写楽の名が世界的になるのは、二十世紀に入ってからである。ドイツの美術史家が1910年に研究書を出し、そこから評価が跳ね上がった。

つまり、いまの写楽像は、百年ほど前にヨーロッパで作られた見方の影響を強く受けている。

版元の側の事情にも触れておきたい。

蔦屋重三郎は、写楽を売り出す数年前、幕府の統制に触れて処罰を受けている。財産の半分を没収されたと伝えられる。

打撃を受けた版元が、無名の絵師に雲母摺の大首絵28点という大きな投資をした。その判断には、何かを取り戻そうとする意図があったのかもしれない。

もっとも、これは推測である。企画の経緯を示す記録は残っていない。

確かなのは、この十か月のあいだに、役者絵という商品の枠の中で、明らかに異質なものが作られたということだけである。

浮世絵が西洋の目を通して評価され直したことについては、別のコラムでも扱っている。

見立て——役者絵は、肖像画なのか

ここからは書き手の見方である。

役者絵を「肖像画」と呼ぶべきかどうか、私は迷う。

肖像画は普通、その人自身を描くものである。宮廷の肖像がどれほど身分の記号で埋められていたかは別のコラムで扱ったが、それでも対象は「その人」だった。

役者絵が描いているのは、その人であり、同時にその人ではない。

隈取をした顔は素顔ではない。女形の顔は本人の性でもない。姿勢は型であり、衣裳は役の記号である。

にもかかわらず、顔だけは似ていなければならない。

言い換えると、役者絵とは「役という枠の中に、個人の顔をはめ込んだもの」である。

これは奇妙な構造だが、現代の私たちにはむしろ馴染み深いかもしれない。俳優の宣材写真、舞台写真、キャラクターと俳優の重なり。

演じている人の顔を、演じている状態のまま消費する。江戸の町人がやっていたのは、そういうことだった。

そして写楽は、その枠から少しはみ出した。役の顔でありながら、その人の癖や骨格を消さなかった。

売れにくかった理由も、後世に評価された理由も、たぶん同じ場所にある。

暮らしへ——顔を、型と個人に分けて見る

最後に、見方の提案をしたい。

役者絵を見るときは、画面を二つに分けて見るとよい。

ひとつは、型に属する部分。衣裳、姿勢、隈取、小道具、紋。これらは役と流派が決めている。

もうひとつは、個人に属する部分。顔の輪郭、鼻の形、目の細さ、口元の癖。

この二つを分けて見ると、絵師が何をやっているかが見えてくる。型をどれだけ守り、個人をどこまで出したか。

同じ演目の絵を二枚並べると、いっそう分かりやすい。この記事に挙げた《暫》の二枚が、ちょうどその例である。

飾るなら、役者絵は色が強く、画面が賑やかである。狭い場所にたくさん並べると、うるさくなりやすい。

一枚だけを、余白のある壁に掛けるのがよい。飾る場所と光についてはこちらのコラムで扱っている。

版画は紙の作品なので、直射日光と湿気には気をつけたい。とくに赤い色は褪せやすい。

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