見ている人を、描く——メアリー・カサット
扇の上から、目だけがこちらを見返してくる。カサットが繰り返し描いたのは「見ている人」だった。桟敷、砂浜、庭、そして三重の鏡。三十年にわたる九点から、見ることそのものを主題にした画家を読む。見られる側に置かれがちだった人が、見る側を描き続けた。

扇の上から、こちらを見る
一枚の絵から始めたい。

女性が椅子に座っている。
淡い色の衣を着て、首元に白い襟がある。
手には大きな扇を持ち、胸の前で開いている。
扇は黄土色で、画面の下半分を大きく占めている。
顔は、その扇の上に出ている。
視線はこちらを向いている。まっすぐである。
髪は赤みがかった茶色で、後ろにまとめられている。
背景は、青緑と白の複雑な面である。
装飾の施された壁か、あるいは仕切りだろう。
その左上に、もう一人の人物の頭部が見える。
こちらは後ろ姿で、顔は見えない。
扇という道具
扇は、この時期の絵によく出てくる。
理由の一つは、単純に流行していたからである。
もう一つは、絵の中で使い勝手がよいからだ。
まず、大きな面を作れる。画面を分割できる。
次に、顔を隠すことも、見せることもできる。
そして、持つ手の位置で姿勢が決まる。
この絵では、扇が顔のすぐ下まで上がっている。
つまり、隠れるか隠れないかの境目にある。
その上から、目だけがこちらを見返してくる。
見ることと、見られることが、一枚で扱われている。
画家について
メアリー・カサットについて、記録から書く。
1844年にアメリカで生まれ、1926年にフランスで没した。
生涯の大半をフランスで過ごしたと伝えられる。
パリで学び、当時の新しい絵の集まりに参加した。
女性の画家が職業として絵を描くことは、当時まだ難しかった。
美術学校への入学も、制作の場所も、制限があった。
そうした条件の中で、彼女は制作を続けた。
当サイトでも
絵を描いた女性たちで、
同じ時代の状況に触れている。
何を描けたか
制約は、主題にも及んだ。
当時の女性が一人で出入りできる場所は限られていた。
酒場や舞台裏を写生する、というわけにはいかない。
そのため、描かれる場所は室内、庭、劇場の桟敷などになる。
登場人物も、家族、友人、子どもが中心になる。
これは制約であると同時に、独自の領域でもあった。
同時代の男性の画家が描かなかった場面が、そこにある。
母と子のいる部屋。女性同士の会話。子どもの水浴。
そういう場面を、正面から主題にした画家である。
誰をモデルにするか
主題の制約は、モデルの調達にも関わる。
職業モデルを雇って画室に呼ぶには、費用と場所が要る。
女性の画家にとって、裸体のモデルを扱うことにも制約があった。
そのため、身近な人が繰り返し描かれることになる。
家族、友人、雇っている人、近所の子ども。
九点の登場人物の多くも、そうした人々だと考えられる。
身近な人を描くと、絵の性質が変わる。
改まった姿勢ではなく、日常の姿勢が画面に入る。
子どもが不機嫌な顔をしていても、そのまま描ける。
注文主の機嫌を損ねる心配がないからである。
制約から生まれた自由、と言ってもよいかもしれない。
印象派の集まりに加わる
もう一つ、当時の状況を書いておきたい。
十九世紀後半のパリには、公式の展覧会があった。
そこに入選することが、画家の評価を決めた。
その仕組みに反発した画家たちが、独自の展示を始める。
カサットは、その集まりに参加した数少ない外国人の一人である。
しかも女性である。二重に例外的だった。
参加を勧めたのは、当サイトでも扱った
ドガだったと伝えられる。
以後、彼女はその集まりで作品を発表し続けた。
つまり彼女は、制度の外側で自分の場所を作った。
そのことは、絵の主題の選び方とも無関係ではないだろう。
見ている人を、描く
九点を通して見ると、一つの主題が繰り返される。
「見ている人」である。
扇の上から見る人。劇場で見る人。花を見る人。
鏡を覗く子ども。海を見る人。
視線が画面の中で動いている絵が多い。
そして、その視線がこちらへ返ってくることもある。
見る側と見られる側の関係が、絶えず入れ替わる。
これは、この画家の一貫した関心だと考えられる。
背後にいる人
《扇を持つ女》の左上に見える頭部にも触れておきたい。
後ろ向きの人物で、顔は描かれていない。
髪の形と、首から肩の線だけが見える。
この人物が誰なのかは、絵からは分からない。
同席者かもしれないし、鏡に映った像かもしれない。
いずれにせよ、画面に二人目がいることが重要である。
一人だけなら、肖像画になる。
二人いると、その場に居合わせた場面になる。
しかも二人目は、こちらに背を向けている。
見る人は、その人の背後から場面を覗く形になる。
つまり、私たちも同席者の一人として扱われている。
背景の模様
背景の青緑と白の面についても書いておく。
装飾のある壁か、屏風のようなものに見える。
模様は具体的に描かれず、色の斑として置かれている。
そのため、空間の奥行きがはっきりしない。
人物の後ろに、平らな面が立っているようにも見える。
この扱いは、後年の作にも繰り返し出てくる。
背景を空間として描かず、色の面として置く。
そうすると、人物が前に出て、画面が平たくなる。
日本の版画に近い空間の作り方である。
彼女がその影響を受けたことは、よく指摘されている。
この一枚は、その早い例かもしれない。
桟敷から、桟敷を見る
二枚目は、劇場の絵である。

二人の女性が並んで座っている。
手前の一人は、白い衣を着て、肩を出している。
首に黒いリボンを巻き、白い手袋をはめている。
手には扇と、花束を持っている。
顔はやや斜めを向き、目は正面に近い。
その左後ろに、もう一人がいる。
こちらは扇を顔の前に立てている。
背景には、装飾された欄干が弧を描いている。
金と赤で彩られ、その向こうに別の桟敷が並ぶ。
劇場という装置
劇場の桟敷は、舞台を見る場所である。
同時に、他の観客から見られる場所でもある。
誰がどの席にいるか。誰と一緒か。何を着ているか。
それが観察される場所だった。
この絵の二人も、見られる位置にいる。
そして、片方は扇で顔を隠している。
見られることを避けている、とも読める。
同じ主題は、当サイトでも
ルノワールの甘さなどで扱った。
同じ場所を、別の画家がどう描いたかを比べると面白い。
多くの絵では、桟敷の女性は見られる対象として描かれる。
この絵では、手前の女性の目がこちらへ向いている。
見られる位置にいながら、見返している。
その差は小さいようで、絵の意味を変える。
背景の作り方
この絵の背景に注目したい。
桟敷の欄干が、画面の上を横切っている。
その曲線が、二人の頭の位置を囲んでいる。
そして欄干の向こうには、赤と紫の面がある。
他の桟敷と、そこにいる観客だろう。
しかし、細部は描かれていない。
色の斑として置かれているだけである。
つまり、背景は情報ではなく色として扱われている。
手前の二人だけが、はっきりした形を持っている。
少年の肖像
三枚目は、初期の肖像である。

大きな画面である。縦147.96センチ。
少年が一人、立っている。
赤い上着と赤いズボンを着ている。
襟と袖口には、白いレースが付いている。
顔は正面を向き、こちらを見ている。
その足元に、犬が座っている。
背景は暗い褐色で、右にカーテンらしき布が垂れる。
床には、赤い模様の敷物が広がっている。
赤づくしの画面である。
家族を描く
題にある名は、画家の親族と考えられている。
つまり、これは身内の肖像である。
大きな寸法から見て、家に飾るための絵だろう。
十九世紀の家族の肖像には、こうした形式が多い。
子どもを立たせ、犬を添え、正装させる。
その型に従って描かれている。
このころのカサットは、まだ後年の作風に至っていない。
暗い背景に人物を置く、伝統的な肖像画の作り方である。
のちの明るい色面の絵とは、ずいぶん印象が違う。
初期と後期
九点のうち、最も古いのがこの一枚である。
制作は1875年。次に古いのが1873年の作だが、それは後で見る。
いずれにせよ、1870年代の作は暗い。
背景が褐色や黒で、人物に光が当たる。
1880年代以降になると、画面が明るくなる。
白、水色、桃色といった淡い色が増える。
背景も暗色をやめ、色面として扱われる。
この変化は、当時の絵の流れとも重なっている。
新しい方法を受け入れ、自分の主題に使った、と言える。
黒いレースの下で
四枚目は、最も古い一点である。

女性が正面を向いている。
頭から、白いレースの布をかぶっている。
その布は肩まで垂れ、顔の輪郭を縁取っている。
手には扇を持ち、胸の前に構えている。
背景は暗く、ほとんど黒である。
顔だけが明るく、レースの白がそれを囲む。
肌はやや褐色を帯び、目は大きく、こちらを見ている。
制作は1873年。画家がまだ二十代の終わりごろである。
旅先の主題
この一枚は、スペイン滞在中の作と考えられている。
十九世紀のヨーロッパでは、スペインが画題として人気だった。
踊り子、闘牛、民族衣装。
異国的な主題として、繰り返し描かれた。
若い画家が、そうした主題で腕を試すことも多かった。
この絵にも、その気配がある。
暗い背景に白いレース、という組み合わせは古典的である。
つまり、まだ型の中で描いている段階である。
とはいえ、顔の描き方には力がある。
目の光と、口元の締まり方が生きている。
レースを、どう描くか
レースの布は、描くのが難しい対象である。
透けているので、下の色が見える。
しかし、糸の部分は不透明で白い。
つまり、透明と不透明が細かく交ざっている。
この絵では、白い線を暗い地の上に細かく置いて表している。
一本ずつ描いているわけではないだろう。
近くで見れば、白い絵具の粗い網目に見えるはずである。
離れて見たときに、レースとして読めればよい。
この判断は、絵具の使い方としてかなり進んでいる。
暗い背景に白い布を置く構図は、古典的である。
しかし描き方は、写すのではなく効果で作っている。
若いころから、そこの割り切りができていたことになる。
砂の上の子ども
五枚目からは、後期の作風になる。

浜辺である。手前に砂地が広がる。
二人の子どもが、しゃがんで遊んでいる。
手前の子は青い衣を着て、桶と道具を持っている。
その右奥の子は、大きな帽子をかぶっている。
顔は下を向き、砂に集中している。
奥は海である。青灰色の水面に、白い帆が二つ見える。
空は淡く、水平線は高い位置にある。
砂と海と空が、三つの帯になっている。
子どもの姿勢
この絵で描かれているのは、子どもの集中である。
二人とも、こちらを見ていない。
顔は下を向き、手元に向かっている。
つまり、見られていることに気づいていない姿である。
肖像画とは正反対の構図といえる。
肖像では、描かれる人がこちらを意識する。
この絵の子どもたちは、まったく意識していない。
その無防備さが、絵の主題になっている。
子どもを描いた絵は多いが、この扱いは珍しい。
麦わら帽子の子ども
六枚目も、子どもの絵である。

大きな麦わら帽子をかぶった子どもが立っている。
帽子は顔より大きく、つばが広い。
帽子には、黒い模様の布が巻かれている。
顔はこちらを向いている。
眉が寄り、口が結ばれている。
笑っていない。むしろ不機嫌に見える。
衣は白と灰色で、両手を前で組んでいる。
背景は淡い灰色で、何も描かれていない。
笑わない子ども
子どもの絵といえば、たいてい愛らしく描かれる。
笑顔か、あどけない表情が選ばれる。
この絵はそうではない。
眉間に力が入り、こちらを警戒するように見える。
写真を撮られるのを嫌がる子どもの顔に近い。
長時間、じっとさせられていたのかもしれない。
その退屈と不満が、そのまま画面に残っている。
美化しない、という選択がここにある。
赤い花を持つ人
七枚目は、庭の絵である。

女性が椅子に座っている。
白と紫の縞の衣を着て、袖はふくらんでいる。
右手に、赤い花を一輪持っている。
その手を胸の高さに上げ、花を見ている。
左手は頬に添えられている。
背景は、緑の芝生と木立である。
奥に建物らしき白い形が見える。
画面全体が、淡い青と緑と白でできている。
その中で、赤い花だけが強い色である。
一点の赤
赤い花の役割は、はっきりしている。
淡い色でまとめた画面に、一点だけ強い色を置く。
そこに視線が集まり、絵に焦点ができる。
しかも、その花を女性自身が見つめている。
つまり、画面の中の視線と、見る人の視線が同じ場所へ向かう。
構図として、たいへんうまい仕掛けである。
題に「夢想」とあるのも、この姿勢に由来するのだろう。
舟の上の三人
八枚目は、構図が大胆である。

小舟の中である。手前に、黒い服の人物が背を向けて座る。
帽子をかぶり、櫂を握っている。
その姿は、画面の右下を大きく占めている。
顔は見えず、黒い塊として描かれている。
向かい側に、女性が座っている。
緑の帽子をかぶり、膝の上に幼児を抱えている。
幼児は白い衣を着て、体を斜めに倒している。
舟は黄緑色で、船縁の線が大きく弧を描く。
その外は、濃い青の水面である。
大きな黒
この絵の要は、手前の黒である。
人物の背中が、画面の三分の一近くを占めている。
顔もなく、細部もない。ただの黒い面である。
そのぶん、向かい側の母子が明るく見える。
近くの物を大きく、暗く置き、奥を明るくする。
この構図は、日本の版画によく見られる。
当サイトでも
浮世絵の影響で扱った。
カサットが版画の展示を見て感銘を受けたことは、よく知られている。
その影響が、この構図に出ていると説明されることが多い。
向日葵と、鏡
最後の一枚を見たい。

女性が椅子に座り、膝の上に幼児を立たせている。
女性は黄色い衣を着て、胸元に大きな向日葵を挿している。
幼児は裸で、こちらへ背を向けぎみに立つ。
その手に、小さな鏡が握られている。
鏡には、幼児自身の顔が映っている。
さらに背景の左上にも、大きな鏡が掛かっている。
そこには、母子の姿がぼんやり映り込んでいる。
つまり、画面の中に三つの像がある。
実物と、手鏡の中と、壁の鏡の中。
鏡が三重になる
これは、かなり凝った構成である。
幼児は、自分の顔を鏡で見ている。
私たちは、その幼児を後ろから見ている。
そして壁の鏡は、その全体を映している。
見る、見られる、映るという関係が重なっている。
最初の《扇を持つ女》で見た主題が、ここで最も複雑になる。
制作は1905年ごろ。九点の中で最も新しい。
三十年かけて、同じ関心が深められたことになる。
九点を通して
九点を年代順に並べる。
1873年、1875年、1878年から79年、1878年から80年。
そして1884年、1886年ごろ、1891年から92年、1893年から94年、1905年ごろ。
三十年以上の幅がある。
初期は暗く、後期は明るい。
初期は型に沿い、後期は構図が自由になる。
しかし、主題は変わらない。
人が何かを見ている場面である。
扇の上から、桟敷から、砂の上で、花を、鏡を。
見ることそのものが、この画家の主題だった。
見る人を、見る
最後に、この主題の意味を考えたい。
見る行為を描くというのは、絵の中に絵を描くことに似ている。
見る人がいれば、見られる対象がある。
その関係を、画面の中に閉じ込めることになる。
そして絵の外には、私たちがいる。
私たちは、見ている人を見ている。
その入れ子は、《向日葵を持つ女》で三重にまで達する。
女性の画家が職業として絵を描くことが難しかった時代に、
彼女は「見る」ことを主題として選んだ。
そのことには、意味があるように思う。
見られる側に置かれがちだった人が、見る側を描き続けた。
九点を並べると、その姿勢が一本の線になって見える。








