戦いの絵に、戦いはない——豊信・デューラー・ホンデクーテルほか九点
門の跡に、草が生える
八点目は、写真である。

館の記録に、寸法の記載はない。
横長の写真である。
全体が褐色である。
画面の中央に、門がある。
門は石と煉瓦でできている。
上のほうは、崩れている。
輪郭が、欠けたまま残る。
開口部は、二つ見える。
門の左右に、壁が続く。
壁は低く、厚い。
上面には、草が生える。
手前は、乾いた地面である。
石が、散らばる。
右のほうに、水の流れがある。
流れは、暗く写る。
奥には、木がある。
木は白っぽく、葉が薄い。
人は、一人も写っていない。
題には、激戦の地とある。
そして、その年も記される。
しかし、画面にあるのは崩れた壁だけである。
館の記録では、これは五十枚の写真帖の一枚である。
館は、修復前の姿を記録した価値に触れる。
題は、長い一文である。
地名と、建物の名と、出来事が並ぶ。
激戦という語も、そこに入る。
写真そのものは、静かである。
人がいないのは、露光の長さのためでもある。
動くものは、像を結ばない。
残るのは、動かない石だけである。
崩れた部分は、そのままにされている。
修復は、まだ行われていない。
弾の跡かどうかは、写真からは分からない。
館の記録も、そこには触れていない。
見えるのは、欠けた輪郭だけである。
地名だけに、戦いがある
九点目は、海の絵である。

横長の画面である。
50.8×76.2センチある。
画面の上半分は、空である。
空は灰色と褐色である。
雲は厚く、低い。
わずかに、明るい隙間がある。
下半分は、海である。
海は静かで、波が低い。
水面は、空の色を映す。
画面の中央に、帆船がある。
帆柱は三本立つ。
帆は、たたまれている。
船体は暗い。
その左に、白い塊がある。
塊は、水の上に浮かぶ。
氷である。
右にも、小さな氷がある。
奥に、別の船が見える。
船は小さく、灰色に沈む。
人の姿は、ほとんど分からない。
戦いの場面は、どこにもない。
題にある地の名が、戦いの語を含むだけである。
館の記録にも、それ以上の説明はない。
この画家は、北の海を繰り返し描いた。
氷のある海を、専門にした人である。
港の名は、その航海の記録でもある。
地名がいつ付いたのかは、分からない。
戦いがあったのかどうかも、記録にない。
名前だけが、そこに残っている。
画面は、灰色と褐色でできる。
強い色は、どこにもない。
光は、雲の隙間からわずかに落ちる。
その光が、氷の面で白く返る。
静けさが、この絵の主題だろう。
数えてみると
九点を並べ直す。
戦っている姿があるのは、三点である。
刀を振り上げる武者、槍を突き下ろす姿、そして二羽の鳥である。
このうち、人と人が戦うのは一点だけである。
人と獣が一点、獣と獣が一点である。
戦っていない絵が、六点ある。
将軍の習作、メダルが二点、記念碑、写真、海の絵である。
このうち、戦いの跡が写るのは一点である。
崩れた門である。
戦いの名が題にだけあるのが、二点である。
記念碑の絵と、海の絵である。
もう一つ数える。
武器が描かれるのは、三点である。
刀と、槍と、弓である。
鳥の一点には、武器がない。
嘴と羽だけで戦っている。
さらに数える。
九点のうち、血が描かれた絵は一点もない。
倒れる人が描かれるのは、一点である。
死んだ人は、どこにも描かれない。
技法でも数える。
油彩が三点、版画が二点である。
ブロンズが二点、写真が一点、木版が一点である。
年でも並べる。
十六世紀が一点、十七世紀が一点である。
十八世紀が二点、十九世紀が五点である。
人がいない絵が、二点ある。
門の写真と、海の絵である。
人の数でも分かれる。
二人だけが一点、数人が二点である。
多数が二点、一人だけが三点である。
一人だけの三点は、将軍と、二枚のメダルである。
いずれも、顔だけが残されている。
戦いの道具については、画面のなかの鉄で扱った。
言えることと、言えないこと
言えるのは、戦いの絵が戦いを描かないということである。
九点のうち、六点には戦う姿がなかった。
あるのは、顔と、碑と、崩れた壁と、静かな海である。
戦いは、名前として残っている。
題の中と、縁に刻まれた文字の中である。
起きたことを、後から指し示す絵である。
言えないのは、戦いの絵が激しいという話である。
九点のうち、動きの激しい絵は三点だけだった。
一点は、鳥どうしの争いである。
残りは、止まっている。
メダルの顔は、静かに横を向く。
海は、波も立てていない。
激しさは、絵より題のほうにある。
記念のかたちについては、名を刻むでも触れた。
最後に、はじめの一枚へ戻る。
武者の刀は、まだ振り下ろされていなかった。
倒れる人の顔も、見えない。
血も、傷も描かれない。
九点を数え終えて残るのは、その手前である。
戦いの絵もまた、決着の前で止まっている。
止まった先を、題と碑と文字が引き受ける。
誰が勝ったかは、縁の文字に刻まれる。
何年に起きたかは、題に書かれる。
画面が担うのは、その手前だけである。
九点は、その分け方を揃って示していた。
画面は姿勢を、文字は結果を担う。
姿勢は誰にでも読めるが、結果は読めない。
読めないものを、名前と年が補っている。
だから、戦いの品には必ず文字がある。
九点のうち四点に、刻まれた文字があった。
メダルの縁、碑の面、題の一行である。
文字のない絵では、戦いは姿勢だけで示される。
刀の角度と、開いた嘴と、突き下ろす槍である。
三点は、その姿勢だけで足りていた。
残る六点は、文字と名前に頼っている。
戦いを描くとは、そのどちらかを選ぶことだった。
姿勢を選べば、決着は描けない。
文字を選べば、動きは残らない。
九点は、その二つに分かれていた。
分かれ目に立つのが、崩れた門の写真である。
そこには、姿勢も文字もない。
あるのは、欠けた石の輪郭だけである。
欠けた形だけが、起きたことを示している。









