寸法の欄だけが、部品の名を書く——ヘンリー・K・ハンコックの家具金具
題も年も材料も出所も、九点は同じである。区別できる欄は寸法だけで、そこにだけ部品の名が書かれる。杯、腕、座金、引き手の輪。しかも同じ写真が三点で共有される。失われた家具の形を読みたい。枝番は、飛び飛びに並んでいる。

題では、区別できない
美術館の記録では、題が名の役をする。
どの作品を指すかは、まず題で決まる。
しかし、題が同じものが並ぶと、その役は果たせない。
今回の九点は、その状態にある。
九点の題が、すべて同じ
九点の題は、すべて同じである。
家具金具、という種類の名だけが書かれている。
作られた年も、九点とも同じ範囲で記録される。
材料も同じ。金を着せた真鍮である。
出所の行も同じで、一人の寄贈者から1968年に入っている。
収蔵番号の枝番だけが、九点で違う。
つまり、題でも年でも材料でも、九点は区別できない。
区別できる欄は、ひとつしかない。
寸法の欄である。
そして、その欄にだけ、部品の名が書かれている。

一人からの寄贈
九点の出所の行は、九点とも同じである。
一人の女性から、1968年に贈られている。
この年に、まとまった数の金具が館へ入った。
九点は、その一部である。
まとまって入ったものは、まとまって記録される。
一点ずつ来歴を書き分ける必要がないため、行は同じ文になる。
金具という所蔵品
美術館の所蔵品というと、絵や彫刻を思う。
しかし、家具の引き手や脚の受けも、番号を付けて記録される。
十九世紀前半のアメリカでは、家具に金を着せた真鍮の金具が使われた。
これは高価な仕上げである。
木の部分よりも、金具のほうが値の張ることもあった。
だから、家具が壊れても、金具だけは取っておかれる。
九点は、そうして残ったものだと考えられる。
寸法の欄が、部品を数える
いま見た一点の寸法の欄には、三つの数字が並ぶ。
ひとつめには、杯という語が添えられる。
ふたつめには、腕という語が添えられる。
みっつめには、名がなく、枝番の記号だけが付く。
つまり、この記録は一つの物ではなく、二つ以上の部品を指している。
収蔵番号の末尾にも、二つの記号が並ぶ。
一つの番号で、複数の部品をまとめて扱う書き方である。
一つの番号に、二つの物
九点のうち六点で、収蔵番号の末尾に二つの記号が付く。
これは、一つの記録が二つの部品から成るという印である。
引き手なら、座金と輪で一組になる。
脚の受けなら、上部と台で一組になる。
別々には使えないものを、一つの番号でまとめている。
残る三点には、この記号が付かない。
そちらは、一つの部品で完結しているということである。
部品の名を、集める
九点の寸法の欄から、部品の名だけを抜き出してみる。
杯、腕、クリップ、棒、座金、引き手の輪、上部、台、全体、内側。
十の語が出てくる。
これらは、家具のどこに付くかを示す名である。
座金は、引き手を留めるために板に当てる金具である。
引き手の輪は、指をかけて引く輪である。
上部と台は、脚の下に付ける部品の各部だろう。
内側という語は、輪の形をした部品にだけ使われている。
名のあるものと、ないもの
九点の寸法の欄を見比べると、書き方が三通りに分かれる。
部品の名を書くものが六点。
枝番の記号だけを書くものが一点。
全体と内側という位置の語を使うものが一点。
残る一点は、名と記号の両方を使っている。
同じ寄贈、同じ年の九点でも、書式はそろっていない。
部品の名しか、手掛かりがない
これらの名は、寸法の欄に書かれている。
技法の欄にも、題にも書かれていない。
つまり、何を測ったかを書くついでに、部品の名が記録されている。
もし寸法の欄が高さと幅だけだったら、この情報は残らなかった。
測るという行為が、名を残す結果になっている。
測った箇所も、そろわない
書かれている数字の種類も、九点でばらばらである。
高さと直径を書くもの。
縦と横を書くもの。
直径だけを書くもの。
高さ、直径、縦、横のすべてが出てくる記録もある。
測る箇所は、物の形によって変わる。
円いものに縦横は要らず、四角いものに直径は要らない。
数字の種類を見れば、その部品がどんな形かがおおよそ分かる。
同じ写真が、三点に使われている
九点の画像を並べると、すぐに気づくことがある。
同じ写真が、複数の記録に使われている。
一枚目の写真は、三点の記録で共有されている。
別の一枚は、やはり三点で共有されている。
九点の記録に対して、写真は五枚しかない。

五枚の写真
写真を数え直すと、五枚である。
紫がかった灰色の下地の写真が一枚。三点で使われる。
同じ下地で、円筒形の部品が並ぶ写真が一枚。これも三点で使われる。
青みがかった下地の写真が一枚。
淡い青の下地に小さな金具が並ぶ写真が一枚。
灰色の下地に二点だけ写る写真が一枚。
九点に対して五枚。四点分の画像が、他と重なっている。
なぜ、同じ写真になるのか
写真には、いくつもの部品が並べて置かれている。
一枚の台紙に、十点近くが載っている。
おそらく、一度にまとめて撮影されたのだろう。
小さな金具を一点ずつ撮るのは、手間がかかる。
まとめて撮り、その写真を各記録に割り当てた。
その結果、三点の記録が同じ画像を持つことになる。
撮影の順序
下地の色が四通りあることから、撮影は一度ではなかったと分かる。
同じ日にまとめて撮ったのなら、下地は同じになるはずである。
紫がかった下地の二枚は、近い時期だろう。
青みがかった二枚も、そうかもしれない。
灰色の一枚だけ、他と離れて見える。
もっとも、これは推測にすぎない。
撮影の日付は、記録に書かれていない。
写真の中の、どれなのか
ここで問題が起きる。
同じ写真を見ても、その記録がどの部品を指すのかが分からない。
写真には十近くの金具が写っている。
記録が指しているのは、そのうちの一つか二つである。
寸法の欄を読んで、写真の中から探すしかない。
たとえば、直径8.3センチの輪はどれか。
写真の中で最も大きな輪を探せば、それらしいものは見つかる。
しかし、確かめる手立てはない。

記録と画像の距離
作品の記録と、その画像は、別々に作られる。
記録は、受け入れのときに書かれる。
画像は、後から撮られる。
その二つを結びつけるのは、番号である。
番号が正しく結ばれていれば、記録として問題はない。
しかし、見る側からすると、写真の中のどれかが分からない。
これは間違いではなく、記録の粒度の問題である。
名のない枝番
いま見た一点の寸法の欄には、部品の名がない。
かわりに、枝番の記号だけが並ぶ。
一方、もう一方、という言い方で二つを区別している。
先の二点では、杯や座金という名が書かれていた。
同じ館の、同じ寄贈の、同じ年の記録である。
それでも、書き方はそろっていない。
名を書くかどうかは、記録した人によって変わったらしい。

部品の名と、家具の部位
寸法の欄に出てくる部品の名は、家具のどこに付くかと結びついている。
座金と輪は、抽斗の前板に付く。
受けと台は、脚の下に付く。
留め具と棒は、扉や蓋を留めるために使う。
杯と腕は、燭台を支える金具の一部かもしれない。
名を並べるだけで、家具のいくつかの部位が思い浮かぶ。
最も小さい部品
いま見た一点は、九点で最も小さい。
留め具が縦3.7センチ、棒が縦3.3センチ。
指の先ほどの大きさである。
写真を見ると、長い棒や曲がった金具も一緒に写っている。
しかし記録が指しているのは、その中の小さな二つらしい。
この写真だけ、下地の色が違う。
青みがかった灰色の上に、金具が並んでいる。
他の写真は、紫がかった灰色である。
撮影の時期が違うのかもしれない。
長い棒と、曲がった金具
いま見た写真には、記録が指していないものも多く写る。
一メートル近くありそうな細い棒。
弓なりに曲がった帯。
握りの付いた取っ手が三つ。
先の曲がった鉤も見える。
これらは、別の記録に属しているのだろう。
一枚の写真に、複数の記録の対象が同居している。
表面の色
いま見た一点の金具は、他の八点より暗く見える。
金を着せた真鍮という記録は、九点とも同じである。
しかし、画像の上では色がそろわない。
金の層は薄く、使ううちに擦れて下地が出る。
真鍮が露出すると、褐色に見える。
保管の環境によっても、変色の度合いは変わる。
同じ材料と記録されていても、いま見える色は同じではない。

金を着せるということ
技法の欄にある金を着せた真鍮とは、真鍮の上に薄く金を乗せた仕上げである。
金だけで作れば高価すぎ、真鍮のままでは色が沈む。
薄い層で、金の見え方だけを得る方法である。
十九世紀前半の家具金具には、この仕上げが多い。
ただし、層は薄いので、擦れる場所から先に剥げる。
引き手のように毎日触る部品ほど、剥げやすい。
十二の金具が写る写真
いま見た一点の写真には、十二ほどの金具が並ぶ。
獅子の顔をかたどったもの、花の形のもの、輪だけのもの。
大きさも形もばらばらである。
記録が指すのは、そのうち座金と輪の二つである。
直径7センチと5.7センチ。
写真の中では、上のほうに置かれた大きめのものが近い。
この写真は、九点の中でこの一点にだけ使われている。

獅子の顔
いま見た写真の左上には、獅子の顔をかたどった金具がある。
口に輪をくわえた形である。
これは古くからある意匠で、扉の引き手によく使われた。
九点の記録には、この意匠のことは書かれていない。
寸法の欄が書くのは、部品の名と数字だけである。
何がかたどられているかは、記録の対象になっていない。
二つだけの写真
いま見た一点の写真には、二つしか写っていない。
花の形の座金と、輪の付いた金具である。
九点の中で、これが最も分かりやすい。
記録の二つの数字が、写真の二つの物に対応する。
他の写真では、この対応が取れなかった。
一点ずつ撮れば、記録と画像は一致する。
まとめて撮ると、対応が失われる。
花の形
いま見た一点の座金は、花びらを重ねた形をしている。
中央に穴があり、そこに輪の軸を通す。
花びらは十二枚ほど数えられる。
打ち出しで作られたらしく、表面に細かい打ち跡が残る。
こうした飾りは、型を使えば同じものを何枚も作れる。
一つの家具に、同じ引き手が四つも六つも付くことがあるためである。
直前の一点と、よく似ている
この一点と、直前に見た一点は、記録がよく似ている。
どちらも座金と引き手の輪の二つ。
直径は、7センチと7.3センチ、5.7センチと4.8センチ。
数ミリから1センチほどの差しかない。
収蔵番号の枝番も、続き番号である。
同じ家具の、別の場所に付いていたものかもしれない。
しかし、記録にはそう書かれていない。


上部と台
いま見た二点の寸法の欄には、上部と台という語が使われる。
上下に分かれた部品だということが、この二語から分かる。
上部は高さ1.7センチ、直径1.9センチ。
指先ほどの円筒である。
台は、その下に付く四角い板だろう。
円いものを四角い板に据える形は、家具の脚の受けによくある。
数字が、合わない
いま見た二点を並べると、記録がほとんど同じである。
上部は、どちらも高さ1.7センチ、直径1.9センチ。
台は、一方が縦3.8センチ、横3.8センチ。
もう一方は、縦3.8センチ、横33センチである。
縦が3.8センチで、横が33センチの台というのは考えにくい。
写真に、そのような細長い部品は写っていない。
もとの記録は分数で書かれており、その書き写しの途中で桁が変わった可能性がある。
ここでは、記録に書かれたまま記しておく。
円筒形の部品
写真の上段には、円筒形の部品が五つ並ぶ。
下段にも、いくつか見える。
一方の端が広がり、他方が細くなっている。
家具の脚の先にかぶせる金具だろう。
木の脚は、床に当たる先から傷む。
金属をかぶせておけば、その傷みを防げる。
三点で共有される、もう一枚
いま見た二点と、次に見る一点は、同じ写真を使っている。
写真には、円筒形の部品が十ほど並ぶ。
中央には、大きな輪が二重に置かれる。
脚の下に付ける部品と、その受けらしい。
三つの記録が、この一枚を指している。

最も大きい一点
いま見た一点は、九点で最も大きい。
直径30.5センチ、内側の直径25.4センチ。
輪の幅は、およそ2.5センチになる。
写真の中央にある大きな輪が、これにあたるだろう。
高さは2.5センチしかない。
平たい輪である。
家具の脚のまわりに置く受けか、台の縁だと考えられる。
平たい輪の使い道
直径30.5センチというのは、九点の中で桁が違う。
他の八点は、大きくても30センチ弱の腕が一つあるだけである。
これだけ大きな輪が、家具のどこに付くのか。
丸い台の縁に嵌める帯だと考えれば、寸法は合う。
あるいは、脚を受ける台座の縁かもしれない。
記録には、用途が書かれていない。
全体と、内側
この一点の寸法の欄には、全体と内側という語が使われる。
輪の形をしたものを測るには、外径と内径の両方が要る。
外径だけでは、輪の太さが分からない。
九点の中で、この二語が出てくるのはここだけである。
測る対象の形が、使う語を決めている。
記録の作りについて
九点をまとめて見ると、記録の性格が分かる。
これは、一点ずつを作品として扱う記録ではない。
ある家具から外された金具を、まとめて受け入れたときの記録である。
だから題は種類の名で足り、年は範囲で足りる。
作った人の名も、材料も、九点で共通している。
その中で、寸法の欄だけが個別の情報を持つ。
枝番の順と、大きさ
枝番の小さいものから並べても、大きさの順にはならない。
枝番1が最も大きく、枝番3と8と9はごく小さい。
枝番24はさらに小さく、枝番31から33は中くらいである。
つまり、番号は大きさで付けられていない。
受け入れたときの並び順か、箱に入っていた順だろう。
番号の並びは、物の性質を表していない。
番号の付け方
九点の収蔵番号は、共通の頭を持ち、枝番で分かれる。
枝番は1、3、8、9、10、24、31、32、33である。
抜けている番号が多い。
同じ寄贈の中に、ここに出てこない記録があるということである。
九点は、より大きな一群の一部でしかない。
十九世紀前半という時代
年の欄には、1820年から1830年ごろと書かれる。
十年の幅がある。
正確な年が分からないときは、こうして範囲で書く。
この時期のアメリカでは、古代の建築を手本にした家具が作られた。
柱の形をした脚や、渦を巻いた飾りが好まれた。
九点の金具にも、花の形や葉の形の飾りが見える。
その様式に合わせて作られたものだろう。
作った人の名
九点は、一人の職人の名に結びつけられている。
この時代、家具の金具は専門の工房で作られた。
家具を作る職人と、金具を作る職人は別である。
一つの家具に、複数の作り手が関わることになる。
九点の記録が金具だけを扱うのは、この分業をそのまま反映している。
部品から、家具を思う
九点はすべて、何かに付いていた部品である。
引き手は抽斗に、座金は板に、受けは脚の下に付く。
その家具そのものは、ここにない。
残ったのは、金属の部分だけである。
木は朽ち、金具は残った。
館の記録は、その残ったものに番号を与えた。
寸法の欄に書かれた部品の名は、失われた家具の形を、わずかに伝えている。
同じ時代の家具の金具については、違いは、肘掛けだけである——ダンカン・ファイフの椅子でも触れた。





