美術史・技法

摺るは、同じものを何枚も作る——豊国・広重・写楽ほか九点

布に、銅版を押す

八点目では、刷る面が布になる。

四大陸
クリストフ・フィリップ・オーベルカンプ《四大陸》1790年。館の記録では、木綿に銅版捺染。全体は112.1×81.3センチ。番号は1929.6。クリーヴランド美術館蔵。クリストフ・フィリップ・オーベルカンプ《四大陸》クリーヴランド美術館蔵

縦長の布である。

全体は112.1×81.3センチある。

地は白い。

文様は、赤紫の一色である。

線は細く、密である。

画面には、場面が四つ散らばる。

それぞれに、人物が座る。

人物のまわりには、植物と獣がいる。

上のほうには、椰子の木がある。

木の下に、人物が一人いる。

その脇に、大きな鳥がいる。

中ほどには、玉座に座る人物がいる。

足元に、道具が並ぶ。

下のほうには、水辺がある。

水の中に、長い獣がいる。

まわりには、細かい草が生える。

草は点と短い線でできる。

館の記録では、この地域の製造者は、ある国の捺染布に触発された。

そして千七百五十年代から、銅版で布を刷り始めたという。

技法は別の島で生まれ、すぐにこの国へ広まったという。

そして館は、図の内容について書いている。

四つの大陸を女性の姿で表し、その土地の植物と動物を添えている。

植物と動物は、王立の植物園で実見したものにもとづく。

しかし人物の表し方は、人種にかんする偏見にもとづくという。

そこでは、一方が文化的に優れたものとして想像されている。

館の記録は、そう明記している。

つまり刷る技術は広まり、偏った図もそのまま広まった。

九点のうち、館が図の内容を批判しているのは、この一点である。

布は、繰り返し刷られて売られた。

何枚刷られたかは、記録にない。

広まった数だけ、図も広まった。

館は、その事実と内容の両方を書いている。

書かないという選び方も、あり得た。

写真から、インクで刷る

最後の一点では、版が写真から作られる。

フランス・アリエージュ、カップ・デル・プエッシュのドルメン
アーサー・エー・テイラー《カップ・デル・プエッシュのドルメン》1865年から69年ごろ。館の記録では、蝋引き紙の陰画から、ある工房の方法で刷った印画。画面は33.1×24.7センチ。番号は1995.237。クリーヴランド美術館蔵。アーサー・エー・テイラー《フランス・アリエージュ、カップ・デル・プエッシュのドルメン》クリーヴランド美術館蔵

縦長の写真である。

画面は33.1×24.7センチある。

全体が、灰色の階調でできている。

画面の中央に、石がある。

石は大きく、平たい。

その石は、二つの石の上に載る。

下の石は縦に立ち、上の石を支える。

三つで、門のような形になる。

石の面は粗く、ひび割れがある。

石の上には、木が生える。

木は枝を広げ、葉が茂る。

葉は細かく、黒い塊になる。

手前は、草の生えた斜面である。

草は白く光る。

地面には、小さな石が散らばる。

奥には、低い丘が続く。

空は明るく、雲がない。

地平線は低く、画面の下三分の一にある。

石の輪郭が、明るい空に黒く出る。

館の記録では、この写真家はある港町に住んだ。

そして写真の学会の会員になったという。

そして館は、刷り方について書いている。

この人は、ある工房と組んで、写真からインクによる印画を作った。

その工房独自の方法によるものだという。

この一枚は、おそらく樹脂を下地にしているという。

そして館は、その後について書いている。

刷ったあと、像は厚い台紙に貼られ、画帖に集めるために売られたという。

館の記録は、そう説明している。

つまり写真も、刷られて配られた。

感光紙に焼くのではなく、インクで刷る。

そうすれば、褪せにくい。

そして数を作れる。

一枚ずつ焼くより、早い。

写真を版画に近づける方法である。

九点のうち、版が写真から作られているのは、この一点である。

写真の作り方については、写真の作り方で扱った。

数えてみると

九点を並べ直す。

版そのものは、一点である。

刷られたものは、八点である。

木の版が三点、銅の版が二点。

石の版が一点、写真からの版が一点。

布に刷られたものが一点である。

もう一つ数える。

九点のうち、館の記録が版の枚数か色の数に触れるのは三点である。

三枚の灰色、色ごとの版、そして八つを一枚に。

さらに数える。

九点のうち、刷った人か版元の名が画面に入るのは三点である。

傘に書かれた版元の名、余白の三つの名、そして書物の題箋の印。

禁令の印を加えれば、四点になる。

摺る側の記号が、画面の中に混じっている。

言えることと、言えないこと

言えるのは、摺ることが「同じものを何枚も作る仕事だ」ということである。

だから版が要り、版を保つ工夫が要る。

色を重ねるなら、位置を合わせる工夫が要る。

効率を上げるなら、一枚に複数を並べて刷る。

九点のうち三点で、その工夫が記録に残っていた。

言えないのは、刷られたものが同じだという話である。

雲母の背景は、禁じられて途中で変わった。

八つ並べた紙は、切られ方が組ごとに違った。

写真からの印画は、工房ごとに方法が違った。

同じ版から出ても、同じにはならない。

墨の量、紙の湿り、当てる圧。

そのどれかが違えば、色が変わる。

版は同じでも、一枚ずつ違う。

最後に、はじめの一枚へ戻る。

板の上の文字は、左右が反転している。

刷れば、正しい向きになる。

つまり板は、いつも読めない状態で置かれている。

読めるようになるのは、紙の上だけである。

九点を数え終えて残るのは、その反転のほうである。

彫る人は、反転した形を彫る。

頭の中で、一度裏返している。

刷り上がるまで、正しい向きは見られない。

九点のうち八点は、その反転のあとの姿である。

反転の前を見せているのは、板の一点だけである。

そして、その板から刷られた紙は館にない。

版だけが残り、刷られたものが行方知れずになる。

ふつうは、その逆が起きる。

版は擦り減り、割れ、捨てられる。

紙のほうが、長く残る。

九点のうち八点は、その紙の側である。

残る一点だけが、板の側にある。

道具が作品として残った例である。

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