作品を知る

馬は、横から見なければ馬に見えない——ドガ・メソニエ・北斎ほか九点

アンリ二世の馬面
ロマン・デ・ウルサン《アンリ二世の馬面》。館の記録では、1490年から1500年ごろに作られ、1539年に装飾を改めたとある。フランス王アンリ二世が、王太子であった時期の品である。館の記録では、鋼、金、真鍮。高さ69.8センチ、幅38.1センチ、奥行き55.3センチ、重さ2350グラム。番号は04.3.253。メトロポリタン美術館蔵。ロマン・デ・ジュルサン《アンリ二世の馬面》メトロポリタン美術館蔵

もう一点の馬面である。

前の一点より、はるかに大きい。

高さ六九・八センチ。

幅三八・一センチ。

重さ二三五〇グラム。

前の一点の二・七倍ほどある。

そして、形が違う。

耳が長く、尖って上に伸びる。

角のようにも見える。

顔の面には、うねる線が浮き出ている。

蔓のような形である。

目の周りに、丸い縁がある。

鼻先が、鉤のように曲がって下へ突き出る。

館の記録は、鋼に金と真鍮を使うと書いている。

つまり、金色の装飾があったはずである。

そして、館の記録に興味深い一行がある。

作られたのが一四九〇年から一五〇〇年ごろ。

装飾を改めたのが一五三九年。

四十年ほどあとに、作り直されている。

第十七回で、改造された品について書いた。

持ち主が変われば、装飾も変わる。

題によれば、フランスの王太子のために改められた。

そして、その人物は後に王になる。

つまり、この防具は身分の印でもある。

館の写真は、斜め前から撮っている。

だから、耳の形と鼻先の曲がりが両方見える。

前の一点は、真正面からだった。

同じ種類の品でも、撮り方が違う。

二点の馬面を比べる

二点の防具を並べたい。

古いほうが一四六〇年から一四七〇年ごろ。

新しいほうが一四九〇年から一五〇〇年ごろ。

三十年ほどの差である。

どちらもイタリアの工人が作った。

館の記録は、一方をブレシアの可能性、もう一方をミラノとする。

そして、大きさが大きく違う。

高さが五四・六センチと六九・八センチ。

重さが八七八・八グラムと二三五〇グラム。

つまり、新しいほうが二・七倍近く重い。

理由は装飾だろう。

浮き出た文様、金と真鍮の飾り。

そのぶん、板が厚く、部材が増える。

第十八回で、儀礼用の武具について書いた。

実戦で使う品は、軽くする。

見せるための品は、重くなっても構わない。

そして、館の記録に奥行きの欄がある。

新しいほうだけ、五五・三センチとある。

古いほうには、奥行きが書かれていない。

つまり、記録の項目が揃っていない。

前の回でも、同じことを書いた。

馬の大きさ

七点の絵で、馬が画面に占める大きさを見たい。

いちばん大きいのが、三人の騎手の一点である。

馬の胴が、画面の幅の三分の一ほどを占める。

次が、戦士と馬の一点。

胴が、画面の幅の四分の一ほど。

次が、将軍と副官の一点。

二頭で、画面の半分ほどを占める。

次が、十頭が並ぶ一点。

一頭ずつは小さいが、数が多い。

そして、戦う騎馬の素描。

紙の中央を占めている。

いちばん小さいのが、二点の版画である。

荷を負う馬も、道を行く馬も、指の先ほどしかない。

つまり、二つに分かれる。

馬が主題の絵と、風景の添えの絵である。

主題なら、大きく描く。

添えなら、小さく描く。

そして、どちらの場合も横を向く。

大きく描くときは、体の形を見せるため。

小さく描くときは、馬と分からせるため。

理由は違うが、答えは同じである。

三つの部門

九点の部門を確かめたい。

米国部門が二点。

アジア部門が二点。

欧州絵画部門が二点。

武具部門が二点。

そして、ナショナル・ギャラリー・オブ・アートが一点。

技法も広い。

パステルが一点。

板に油彩が一点。

スレート紙に油彩が一点。

厚紙に貼った台紙に油彩が一点。

木版画が二点。

紙にインクと淡彩が一点。

そして、鋼が二点。

つまり、九点で七つの材料にわたる。

前の回までと、同じ広がりである。

そして、馬が絵に出るのは七点。

物として作られたのが二点。

前の回では、犬が絵にしか出なかった。

馬は違う。

馬具や防具として、物にもなる。

人が乗る動物だからである。

四百年の幅

九点の年を並べたい。

いちばん古いのが、一四六〇年からの馬面。

次が、一四九〇年からの馬面。

次が、一八一〇年からの素描帖。

次が、一八三〇年ごろの富士の版画。

次が、一八三八年ごろの見附の版画。

次が、一八六一年からの戦士の一点。

次が、一八六九年の将軍と副官。

次が、一八七〇年代の旅籠の一点。

そして、一九〇〇年ごろの三人の騎手。

つまり、十五世紀に二点、十九世紀に七点である。

そのあいだに、三百年の空白がある。

これは選び方の偶然だろう。

だが、意味もある。

馬が武具とともに記録されるのは、古い時代である。

馬が絵の主題になるのは、新しい時代に多い。

第十七回で、主題と時代の関係について書いた。

暮らしのなかで当たり前のものは、絵になりにくい。

そして、失われかけたときに、絵になる。

馬が働いている

最後に、七点の絵で馬が何をしているかを見たい。

競走しているのが一点。

三人の騎手である。

休んでいるのが一点。

戦士と馬の一点である。

行進しているのが一点。

将軍と副官である。

繋がれ、あるいは引かれているのが一点。

旅籠の前の十頭である。

荷を運んでいるのが二点。

見附と、富士の道。

戦っているのが一点。

素描帖の騎馬である。

つまり、休んでいる一点を除けば、すべて働いている。

乗せるか、運ぶか、戦うか。

馬は、道具として描かれている。

第十八回で、持ち物が人物を示すと書いた。

馬もまた、乗り手を示す持ち物に近い。

将軍の馬、戦士の馬、騎手の馬。

そして、荷を負う馬には、乗り手がいない。

馬の色

七点の絵で、馬の色を数えたい。

茶色が五点。

三人の騎手、戦士の馬、将軍の一頭、十頭の列、そして荷の馬。

白が一点。

副官の馬である。

そして、素描帖は線だけで色がない。

つまり、茶色が圧倒的に多い。

これは実際の馬の毛色を反映しているだろう。

栗毛や鹿毛と呼ばれる色である。

そして、白い馬は目立つ。

七点のうち一点しかない。

その一点でも、隣に茶色の馬が並んでいる。

つまり、対比のために置かれている。

第十三回で、色の対比について書いた。

同じものを二つ並べるとき、色を変える。

そうすると、二頭の区別がつく。

そして、白い馬は身分の高い者が乗ることが多い。

だが、この一点では副官が乗っている。

館の記録は、どちらが将軍かを書いていない。

つまり、色だけでは決められない。

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