入れない部屋があった——カウフマン、モリゾ、カサットの条件
洗濯物の向こうに、煙突がある
とはいえ、モリゾは室内に閉じこもっていたわけではない。

この小さな一枚は、パリ郊外の物干し場である。
画面の下半分は、張り渡された綱と、そこに掛けられた白い布で埋まっている。人が数人、洗濯物のあいだで働いている。
奥は緑の野原、その向こうに家並み。そして左奥に、工場の煙突が二本、煙を上げている。
郊外の労働の景色である。行儀のよい主題ではない。
女性が出入りしても不自然でない場所——郊外、庭、物干し場、公園。そこで見つけられるものを、彼女は主題にした。
制約が主題を決めた、とも言える。だが同時に、その制約のおかげで、当時の男性画家があまり描かなかった場所が絵になった。
モリゾは印象派の展覧会に、ほぼ皆勤で出品を続けている。仲間内での評価は高かった。

初期の一枚では、港が主題になっている。
右下の護岸に、日傘を差した人物が坐っている。画面の左半分は水面で、対岸には家並みと帆船の帆柱が横に伸びる。
明るく、筆は速い。戸外で描いたことがはっきり分かる画面である。
この絵はマネの手元に渡ったと伝えられる。互いの作品を認め合う関係でもあった。
家の中と外、身内と風景。モリゾの主題は狭いと言われることがあるが、実際には行ける範囲の全部を使っている。
掌に描く、という選択
アメリカに目を移すと、別の形の制約と工夫が見える。

アンナ・クレイプール・ピールは、象牙に水彩で描く小型肖像——ミニアチュールの専門家だった。
大きさは名刺ほど。これを金属の枠に納め、持ち歩いたり、贈ったりする。写真が普及する前の、携帯できる肖像である。
小型であることは、彼女にとって不利ではなかった。
大画面の歴史画には近づけなくても、この分野なら注文が取れる。実際、彼女は職業画家として自立して働いていた。
1824年には、フィラデルフィアの美術アカデミーの会員に選ばれている。妹とともに、その機関で最初期の女性会員だった。
分野を選べないなら、選べる分野で一位を取る。現実的な戦略である。
笑いを、武器にする
もう一人、まったく違う方法を取った画家がいる。

リリー・マーティン・スペンサーのこの絵は、笑い話である。
若い夫が、生まれて初めて市場へ買い出しに行かされた。籠を抱え、傘をさし、うまくいかない。
足元には落とした野菜が転がり、卵らしきものも割れている。背後の男は、あからさまに笑っている。
当時の家庭では、買い出しは妻の仕事だった。その役割が入れ替わったときの滑稽さを描いている。
スペンサーは十三人の子を育てながら、一家の主要な稼ぎ手として絵を売り続けた画家である。
彼女の絵は版画に複製され、広く出回った。批評家の序列では低く扱われる分野だが、収入にはなった。
高尚さで戦えないなら、売れる場所で戦う。これもまた、条件の中での判断である。
カサットの、返答
冒頭のカサットに戻りたい。

この絵には、伝えられている経緯がある。
ドガが、女性には様式の感覚が分からない、という趣旨のことを言った。それに対してカサットが描いてみせたのが、この一枚だという。
そしてドガは、この絵を見て評価し、自分の手元に置いた。
逸話であり、細部の裏づけは十分ではない。ただ、この二人の関係を考えると、ありそうな話ではある。
画面を見ると、少女は美しく描かれていない。口は開き、肘は張り、髪は乱れている。
「絵になる女性」という型を外している点で、冒頭の《青い肘掛椅子の少女》と同じことをしている。
カサットは生涯、母と子、女性の日常、身支度といった主題を描き続けた。それは限られた主題でもあり、選び取った主題でもある。
彼女はまた、アメリカの収集家に印象派の絵を買うよう助言し、多くの作品がアメリカへ渡る道をつけた。この役割は別のコラムでも触れている。
見立て——「女性画家」とまとめてよいのか
ここからは書き手の見方である。
この記事のように、時代も国も違う画家を「女性画家」でまとめることには、副作用がある。
カウフマンとカサットのあいだには百年以上の隔たりがある。ピールとモリゾでは、住んでいる社会がまるで違う。
作品の内容も共通していない。神話画、ミニアチュール、風俗画、屋外の風景。まとめる根拠は、性別だけである。
それでも、まとめて見る意味はあると考えたい。
見えてくるのは作風の共通点ではなく、条件の共通点だからだ。
裸体教室に入れないこと。ひとりで出歩けないこと。手を入れられる側に置かれること。分野を選べないこと。
これらは個人の資質と関係がない。だから個々の作品を論じるだけでは見えてこない。
そして条件が見えると、作品の読み方が変わる。モリゾの物干し場は、単なる身近な風景ではなくなる。ピールの小ささは、才能の限界ではなくなる。
もっとも、これを逆に振りすぎるのも危うい。すべてを制約で説明すると、今度は本人の選択が消える。
制約があり、その中で選んだ人がいた。両方を並べて置くのが、いちばん正確だろう。
もうひとつ、書いておきたいことがある。
この記事で名前を挙げられたのは、五人だけである。当サイトで公開している作品の中に、女性の画家の作品は他にもある。
しかし多くは、作者の情報が英語表記のまま残り、生没年も分からない。日本語での紹介はまだ整っていない。
つまり「記録が薄い」という状態が、いまも続いている。
これは当サイトの課題でもある。作品数の多い順に作者情報を整えていくと、どうしても大量に制作した男性の画家が先に来る。
順序を作品数だけで決めると、記録の偏りをそのまま引き継ぐことになる。
どう整えるかは、今後の宿題として書き留めておきたい。
暮らしへ——描いた人の条件を、ひとつ調べてみる
最後に、ひとつ提案をしたい。
好きな絵を見つけたら、作者について一つだけ調べてみてほしい。どこで生まれたか、誰に学んだか、何で食べていたか。
どれか一つでよい。全部を知る必要はない。
たとえば、この記事に出てきた画家たちの条件は、どれも一行で言える。
裸体教室に入れなかった。家の外へ出にくかった。象牙の小片に描いた。十三人の子を育てながら売った。
一行を知るだけで、画面の見え方は変わる。行儀の悪い坐り方も、洗濯物も、名刺大の肖像も、意味が違って見えてくる。
飾るなら、この記事に出てきた絵はどれも家の中に向いている。大画面の劇的な風景と違い、生活の側から描かれているからだ。
置き場所と光についてはこちらのコラムで扱っている。日常の主題の絵は、日常の目線の高さに掛けるとよく馴染む。






