作品を知る

色だけの秋は、意外に新しい——イネス・如水宗淵・陳洪綬ほか九点

黄と橙に染まるイネスの野は、題を見る前から秋と分かる。だが九点を数えると、色だけで秋を名乗る絵は近代の欧米に固まっていた。墨だけの晩秋、紅葉の題だけの版画、葡萄の収穫、鉄の秋草。色に頼らない古い秋を並べ、褪せる染めと残る形まで考える。

秋の晴れた日
ジョージ・イネス《秋の晴れた日》クリーヴランド美術館蔵

野原が、秋の色をしている

野原の絵である。

草は黄ばみ、丈の高い木が何本か、間を置いて立っている。

木々の葉は、黄と橙に染まっている。

右のほうの一本は、赤い。

空は広く、雲が流れ、切れ間から淡い光が差している。

遠くには、白い建物の並びがかすんで見える。

手前の草はらに、小道も人も見当たらない。

木々は列をなさず、思い思いの場所に立っている。

どの形も輪郭がほどけて、にじんでいる。

題を確かめる前に、季節だけは分かる。

秋である。

秋の晴れた日
ジョージ・イネス《秋の晴れた日》1892年。館の記録では、布に油彩。絵は81×106センチ。額を含めて111.4×137.5×12.1センチ。番号は1956.578。クリーヴランド美術館蔵。ジョージ・イネス《秋の晴れた日》クリーヴランド美術館蔵

アメリカの画家イネスが、亡くなる二年前に描いた。

館の記録では、五十年の画歴で千点を超える作品を残した。

晩年の作では、目に見える風景が霊のあらわれのようなものに変わる、と記録は読む。

形をぼかし、透きとおる色を重ねて、大気の効果を作ったとある。

輪郭が溶けていく晩年を数えた回で見た、あの時期の一枚である。

左下には、署名と年が書き込まれている。

来歴の欄では、描かれたその年に、画家と知り合いの収集家が直接買ったという。

豆知識の欄には、最期のことまで書かれている。

イネスは夕日を眺めて「ああ、なんと美しい」と声を上げ、倒れて亡くなったという。

さて、この絵に紅葉の名所は描かれていない。

萩も虫も、葡萄も稲穂も描かれていない。

それでも秋と分かるのは、色のせいである。

黄ばんだ草と、橙の葉と、赤い木。

つまり秋は、色だけで言えてしまう。

だが、それはいつでもどこでもそうだったのか。

色を使わずに秋を言う絵はあるのか。

色だけの秋は、いつごろから描かれているのか。

紅葉と実りという二つの言葉を頭に置いて、九点の秋を数えてみる。

赤と黄が、主役になる

まず、色の秋を続けて見る。

白い幹が、画面を縦に走っている。

秋の白いブナ
クリスティアン・ロールフス《秋の白いブナ》1910年。館の記録では、油彩・カンヴァス。65×51センチ。番号は2020.112.5。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。クリスティアン・ロールフス《秋の白いブナ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

幹の白と、葉の橙と赤。

その後ろに、空の青。

絵の具は厚く、うねる筆の跡がそのまま残っている。

葉は一枚ずつ描かれず、赤と橙の塊としてぶつけられている。

足元にも、同じ色が散り敷いている。

ドイツの画家ロールフスの油彩である。

イネスが色をぼかして溶かしたのに対し、こちらは色を塊のまま置く。

同じ色の秋でも、絵の具の使い方はほとんど正反対である。

この作品の記録は収集家夫妻の旧蔵という来歴を除けば数行で、解説の文はない。

だが、題がもう答えを言っている。

《秋の白いブナ》。

季節の名が、木の名と並んで題に入っている。

葉の色のほかに、秋を示すものは画面にない。

色が、季節の名を名乗っている。

言いかえれば、色が信用されている。

橙と赤だけで秋が通じると、描いた側が信じている。

次も、木の絵である。

秋の森
ドワイト・ブレイニー《秋の森》1924年。館の記録では、水彩。絵は37.5×53センチ。番号は1953.657。クリーヴランド美術館蔵。ドワイト・ブレイニー《秋の森》クリーヴランド美術館蔵

今度は油彩ではなく、水彩である。

紙の白が色の下から透けるので、秋の明るさに軽さが出る。

森の中に立ち、白い幹の間から茂みを見た構図である。

赤、橙、黄、緑、紫。

斑点のような筆致が、紙の上で隣り合っている。

一枚の茂みのなかに、五つの色が同居している。

緑がまだ残っているから、すべてが染まりきる前の、途中の秋なのだろう。

手前には、灰色の岩がひとつ据わっている。

左下に、名と年の署名がある。

アメリカの画家ブレイニーの作で、この記録にも解説の文はない。

それでも、これを冬の絵と思う人はいないだろう。

色の秋の四点目は、水辺である。

秋の運河(ジゾール)
アンリ・ル・シダネル《秋の運河(ジゾール)》1913年。館の記録では、布に油彩。53.3×63.5センチ。番号は2011.73。クリーヴランド美術館蔵。アンリ・ル・シダネル《秋の運河(ジゾール)》クリーヴランド美術館蔵

運河が、画面の奥へまっすぐ伸びている。

両岸に黄葉した高い木が並び、右手には建物の壁が続く。

水面には、木々の色がそのまま映っている。

岸の秋と水の秋が、上下で向かい合う。

散った葉が水を染めるより先に、映った葉が水を染めている。

運河は、秋には鏡の役を務める。

館の記録では、フランスの画家ル・シダネルが描いた、ジゾールの運河である。

パリから北西へ40マイルほどの、ノルマンディーの町だとある。

純色を大きな途切れた筆致で置き、間を白や灰で区切る描き方だという。

印象派と違って抑えた色調を好み、静かな謎めいた気分を出したと記録は読む。

画面に、人はひとりもいない。

人けのない古い運河の絵は、人の一生を超える時の流れを思わせる、と記録は書く。

豆知識の欄には、現場でなく記憶で描くことが多かった、ともある。

この秋は、目の前の秋ではなく、覚えている秋かもしれない。

ここまでの四点を、数えておく。

四点とも、秋を名指すものは色しかなかった。

そして四点とも、1892年から1924年までの欧米の絵である。

油彩が三点、水彩が一点。

幅にして、三十年あまりしかない。

同じ秋の景色を大小二枚に描いた画家の回で見た油彩も、この仲間に入る。

色の秋は、束になって同じ時代からやって来る。

偶然かどうかは、残りの五点を見てから考える。