作品を知る

番号の差が、八である——タッカー製陶所ほかのカップと受皿

カップと受皿
オットとブルワー《カップと受皿》1876年から1892年。館の記録では、磁器。カップは高さ4.8センチ、口径10.5センチ。受皿は高さ1.7センチ、径14センチ。番号は1974.214.22のaとb。アメリカ、ニュージャージー州トレントン。メトロポリタン美術館蔵。オットとブルワー《カップと受皿》メトロポリタン美術館蔵

こちらは、枝番のaとbである。

読点でつなぐ形ではない。

つまり、はじめから一件として受け入れている。

カップは低く、口が広い。

高さ四・八センチ、口径一〇・五センチ。

内側が、淡い黄色である。

外側に、褐色と金の模様が流れるように描かれている。

把手も、金である。

受皿にも、同じ模様が回っている。

部門が、アメリカ館である

九点の部門の欄は、すべて同じである。

アメリカ館。

ところが、文化の欄はそろっていない。

アメリカが四点。英国が一点。英国のアメリカ向けが二点。ドイツが一点。

つまり、アメリカで作られていない品が、アメリカ館に入っている。

なぜか。

アメリカの家で使われた品だからだろう。

英国やドイツで作られ、アメリカへ運ばれ、アメリカの食卓に並んだ。

館の部門は、作られた場所ではなく、使われた文脈で分けられている。

これは、絵画の部門とは考え方が違う。

絵画では、ヨーロッパ絵画部門とアメリカ館が、作者の出身で分かれる。

工芸では、流通した先で分かれることがある。

そして、文化の欄の「アメリカ向け」という語が、その事情を示している。

英国で作られたが、アメリカで売るための品。

模様も、アメリカの買い手に合わせて選ばれている。

前の回に見た転写摺の一点には、アメリカの人物が描かれていた。

作った国と、売る国が違う。

その事実が、文化の欄に書き分けられている。

白黒の写真が、三点ある

九点のうち、三点の公開画像が白黒である。

一九二七年と一九四五年に受け入れられた品である。

古い時期に撮られた写真が、そのまま使われている。

前の回にも、白黒の写真の例を見た。

そして、そこでも同じことを書いた。

色の情報が失われるかわりに、形と模様がはっきり見える。

とくに転写摺の器では、その利点が効く。

転写摺は、もともと一色で摺られることが多い。

青一色、あるいは黒一色。

だから、白黒の写真でも情報がほとんど落ちない。

一方、金と緑で装飾された磁器では、白黒だと見え方が大きく変わる。

九点のうち、色の付いた写真の六点は、いずれも装飾が豊かである。

金の帯、緑の縁、桃色の胴。

これらは、色で撮らなければ伝わらない。

撮り直しの優先順位は、そういうところで決まるのかもしれない。

二つで一つ、という数え方

九点を通して、数え方は一貫している。

カップと受皿は、必ず一件である。

別々の件にはなっていない。

理由は、二つで一つの道具だからである。

受皿だけでは、使えない。

カップだけでも、当時の作法では不完全である。

そして、二つは同じ揃いに属している。

模様がそろい、大きさが合う。

だから、まとめて一件にする。

前の回に見た対の肖像とは、扱いが逆である。

対の肖像は、二件に分かれていた。

同じ「二つで一組」でも、片方は分け、片方はまとめる。

違いは、使い方だろう。

肖像は、一枚ずつでも掛けられる。

カップと受皿は、離すと役に立たない。

受皿は、なぜ深いのか

九点の受皿の寸法を見ると、高さが書かれているものが三点ある。

二・九センチ。一・七センチ。

そして、あとの六点には高さがない。

径だけである。

受皿は、ただの平らな皿ではない。

中央が窪み、縁が立ち上がっている。

だから、高さが生じる。

この窪みには、理由がある。

熱い飲み物を、受皿に注いで冷ますという飲み方が、かつてあった。

カップから受皿へ移し、冷めたところで受皿から飲む。

だから、受皿は深く作られる。

十八世紀から十九世紀にかけて、この飲み方は珍しくなかった。

そう考えると、把手の無いカップにも説明が付く。

ラルフ・ホール商会の一点には、把手がなかった。

高さも四・一センチと低い。

受皿に移すことを前提にした形かもしれない。

もっとも、館の記録は飲み方について書いていない。

書かれているのは、形と寸法だけである。

そこから先は、こちらの推測になる。

一組を、どう並べて撮るか

九点の画像を見比べると、並べ方が二通りある。

一つは、受皿の上にカップを載せる形。

もう一つは、受皿を立て、その手前や横にカップを置く形。

前者は、使うときの姿である。

後者は、受皿の模様を見せるための姿である。

受皿の中央には、たいてい模様がある。

カップを載せると、その模様が隠れる。

だから、模様を見せたいときは、受皿を立てる。

白黒の三点は、いずれも受皿を立てて撮っている。

色の付いた六点のうち、四点はカップを載せている。

撮り方の方針が、時期によって変わったのかもしれない。

そして、タッカー製陶所の一点だけは、カップしか写っていない。

受皿が、そもそも画面にない。

これは、撮影のときに受皿が別の場所にあったのだろう。

記録の欄には、受皿の寸法が書かれている。

だから、失われたわけではない。

画像と記録が、食い違っている。

こういうときは、記録のほうを信じるのがよい。

番号の差から、揃いを推す

最後に、番号の話をまとめておきたい。

九点のうち、六点が読点でつないだ二つの番号を持つ。

その差を並べると、こうなる。

八、八、七、一、一、一。

差が大きいものと、一のものに分かれる。

差が大きいものは、種類ごとに番号を振った受入である。

差が一のものは、一組ずつ振った受入である。

そして、差の大きさが揃いの規模を示している。

差が八なら、少なくとも八客。

差が七なら、少なくとも七客。

館の記録に、揃いの規模は書かれていない。

しかし、番号の差から推せる。

これは、記録の欄そのものではなく、記号の構造から読める情報である。

前の回にも、似た読み方をした。

枝番の範囲から、画帖の葉数を推す。

継ぎ目の本数から、三枚続かどうかを見分ける。

番号や記号は、書かれていないことまで示すことがある。

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