画家を知る

画室が、世界の代わりになる——W・M・チェイス

同じ寸法が、意味すること

二点の関係を考えたい。制作年は1885年と1888年で、三年離れている。

主題も、片方は同業の画家、片方は女性の肖像である。

それでも寸法がほぼ一致するのは、同じ規格の画布を使っていたからだと考えられる。

規格の画布については、別のコラムで扱った。

つまり、画面の大きさは市販の規格に沿っている。

背景を平らにする効果

背景の扱いをもう一度見たい。黄土色の平面には、家具も窓もない。

その結果、人物が浮き上がる。同時に、場所の情報が消える。

どこで描かれたかは分からなくなる。しかし、どこに掛けても違和感がない。

注文肖像で背景を無地にする理由については、
別のコラムでも触れた。

黒は、面として置かれる

色の設計も見ておきたい。二点とも、人物は黒い衣を着る。

背景は黄土色。つまり、暗い塊が明るい面の上に置かれている。

輪郭は、線ではなく明暗の境として現れる。

黒を面として扱う方法は、別のコラムで扱った。

同じ設計が、大西洋を越えて共有されている。

踊り子の像

もう一点、全身像を見たい。

カルメンシータ
ウィリアム・メリット・チェイス《カルメンシータ》1890年。油彩・画布。縦177.5センチ、横103.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・メリット・チェイス《カルメンシータ》メトロポリタン美術館蔵

女性が踊りの姿勢で立つ。両腕を頭の上へ上げ、指を鳴らす形を作る。

上体をわずかに反らし、顔は左を向く。

衣装は黒地で、金の刺繍が渦を巻く。裾は広がり、下端に房飾りが並ぶ。

足元に花束が置かれる。赤と黄の花が数輪、床に散る。

背景は褐色の平面で、上部が明るい。

誰を描いたのか

主題について確かめたい。題名は、当時の舞踊家の通称である。

つまり実在の人物を、舞台の装いで描いている。

舞台の人物を描く絵は、この時期の欧米で数多く作られた。

その事情については、別のコラムでも扱った。

ただし、描かれた人の立場や報酬は記録に残りにくい。

衣装の刺繍

細部を見たい。踊り子の衣装には、金色の刺繍が渦を巻いている。

しかし近づくと、渦は連続した線ではない。短い筆の跡が並んでいるだけである。

離れると、それが金糸の光になる。

省略と効果の関係は、この画家の画面に一貫している。

動きを、静止で示す

姿勢の作り方も見たい。両腕を上げた形は、踊りの途中の姿である。

しかし画面には、動きの流れが描かれていない。裾は広がったまま止まっている。

つまり、動作の一瞬を選び、静止した形として提示している。

写真のない時代の絵では、この選択が普通だった。

動きの直前・直後を選ぶ方法は、別のコラムでも扱った。

室内の場面

画室そのものを描いた一点も見たい。

小さな人のために
ウィリアム・メリット・チェイス《小さな人のために》1896年ごろ。油彩・画布。縦101.6センチ、横89.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・メリット・チェイス《小さな人のために》メトロポリタン美術館蔵

室内の場面である。床は明るい茶で、板の目が斜めに走る。

中央に女性が座り、白い布を膝に広げて縫っている。

その右に、水色の布を掛けた小卓と、桃色の椅子がある。

奥に窓があり、白いカーテンが下がる。外は明るい。

左の壁には、額に入った紙が三枚掛かる。素描か版画だと考えられる。

床には敷物が一枚、斜めに置かれる。

壁の版画

室内の細部も見ておきたい。左の壁には、額に入った紙が三枚掛かる。

素描か版画だと考えられる。つまり、絵の中に絵がある。

画家の家には、自分や他人の作品が掛かっている。

絵の中の絵は、その家の趣味を示す情報でもある。

同じ入れ子の構造は、別のコラムでも扱った。

家が、画室になる

場所について考えたい。ここに描かれているのは、家庭の部屋である。

そして同時に、絵の材料でもある。

つまり生活の場が、そのまま仕事の場になっている。

同じ構造は、別のコラムで扱った画家にも見られる。

家族と室内を主題にすれば、材料を探しに行く必要がない。

小さな板の一点

寸法の幅も見ておきたい。

プロスペクト公園のアリス・ガーソン
ウィリアム・メリット・チェイス《プロスペクト公園のアリス・ガーソン》1886年。板に油彩。縦34.9センチ、横49.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・メリット・チェイス《プロスペクト公園のアリス・ガーソン》メトロポリタン美術館蔵

小さな板絵である。縦34.9センチ、横49.9センチ。

水面に小舟が浮かぶ。舟は緑と桃色で、細長い。

その中に女性が一人座る。白い衣と黒い帽子である。

手前の岸は褐色で、筆の跡が粗い。

水面には、白い反射が横に散る。

つまり、屋外で短時間に描いた作品だと考えられる。

屋外の仕事もある

主題の幅を確かめたい。公開分の大半は室内と静物である。

しかし、この一点のように屋外の場面もある。

板に描かれ、寸法が小さい。持ち運びやすい条件が揃っている。

屋外で描くための道具立てについては、
別のコラムで扱った。

装いを、借りる

装いの主題も見ておきたい。

17世紀の婦人
ウィリアム・メリット・チェイス《17世紀の婦人》1895年ごろ。油彩・画布。縦92.7センチ、横60.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・メリット・チェイス《17世紀の婦人》メトロポリタン美術館蔵

女性が後ろ姿で立つ。白い絹の衣が、肩から床まで流れる。

袖には襞が寄り、腰の後ろに帯が結ばれる。

髪は結い上げられ、うなじが見える。顔はほとんど見えない。

背景は暗く、右に細い明るい線が縦に走る。

題名にある「17世紀」は、装いの様式を指している。