美術史・技法

踊っていない踊り子——ルノワール・カウフマン・ドガほか九点

舞台のための地下牢
アーベル・シュリヒト《舞台のための地下牢》1788年。館の記録では、エッチングとアクアチント。画面40.9×56.6センチ。版49×63センチ。紙全体54.2×71.2センチ。番号は2003.23。クリーヴランド美術館蔵。アーベル・シュリヒト《舞台のための地下牢》クリーヴランド美術館蔵

九点でいちばん大きい紙である。

暗い版画である。

天井に、太い梁が何本も渡される。

その下に、石造りの太い柱が並ぶ。

柱のあいだに、丸い天井の通路が見える。

奥に、明るい開口がある。

そこから、光が入る。

床は、石畳らしい。

人物は、ほとんど見えない。

奥に、小さな影が二つあるようにも見える。

館の記録によれば、この作者は建築を学び、劇場の舞台装置を設計した。

そして、その劇場が自国の言葉による劇を上演したと書かれる。

さらに、牢の場面が好まれたとも記録は書く。

これは館の記述である。

つまり、これは舞台の背景の図である。

踊りとは関係がない。

日本語の題に「舞台」の語が入っているために、拾われた。

第十四回でも、語の一部が一致する外れを見た。

横たわる話では、化粧の語の中に別の語が入っていた。

外れではあるが、削らなかった。

理由がある。

踊りも、劇も、舞台の上で行われる。

その舞台を作る仕事が、この一点に写っている。

踊る人が立つ床と、その奥の暗がりである。

踊る体は、どこが違うか

踊っている五点と、立っている二点を比べたい。

いちばん大きな違いは、足である。

立っている二点では、両足が床についている。

そして、そろえられている。

踊っている五点では、片足が浮くか、大きく開く。

つまり、足の位置が姿勢を決めている。

第十一回で、立つ姿勢を扱った。

立つ話では、体重の掛け方が問題だった。

踊る姿勢では、体重が移動する途中になる。

両足のどちらにも、完全には乗っていない。

だから、次の瞬間に倒れるか、移るかする。

その不安定さが、動きに見える。

二つ目の違いは、腕である。

立っている二点では、腕が体の脇にある。

あるいは、頭の上に上げられている。

だが、その形は静止している。

踊っている五点では、腕が左右非対称になる。

片方が上がり、片方が下がる。

三つ目は、体の軸である。

立っていれば、頭と腰が同じ縦線に並ぶ。

踊っていれば、ずれる。

九点を並べると、その三つで見分けられた。

館の記録は、そこには触れていない。

書かれているのは、題と、技法と、寸法である。

踊りは、一人か複数か

人数も数えた。

一人だけが四点。

三人以上が三点。

人がいないものが二点である。

一人の四点は、いずれも踊り子の姿を見せる絵だった。

肖像に近い。

複数の三点では、群れとして描かれる。

そして、複数のほうが動きが強く見える。

理由は、姿勢が揃っていないからだ。

一人が腕を上げ、一人が体を反らせ、一人が背を向ける。

その違いが、時間の幅を作る。

第十五回で、段階を並べる方法を扱った。

動く体の話で見たとおり、違う瞬間を並べると連続に見える。

踊りの絵でも、同じ方法が使われている。

九点のうち、複数の三点はすべてそうだった。

一人の四点では、その方法が使えない。

だから、布や腕で動きを作るしかない。

九点を並べて、数えられたこと

踊っている姿が描かれるのは五点。

踊り子が立っているだけが二点。

道具だけが一点。

舞台だけが一点である。

つまり、半分近くは踊っていない。

踊っている五点の姿勢も数えた。

腕を上げるものが四点。

脚を開くものが三点。

体をひねるものが三点。

布や袖を広げるものが三点。

腕を上げる例が多いのは、理由があると思う。

腕を上げると、体の輪郭が大きくなる。

そして、立っている姿と区別がつく。

材料も数えた。

布が三点、紙が四点、陶器が一点、そして繊維板に貼った布が一点。

記録に書かれていないこと

館の記録は、踊りの種類を書くことがある。

九点のうち、踊りの名が分かるのは二点だった。

地名のついた踊りと、舞台の踊りである。

残る七点では、何の踊りか分からない。

そして、音楽については、どの記録も書いていない。

踊りには、たいてい音が伴う。

だが、九点のうち楽器が写るのは一点だけである。

その一点でも、楽器は稽古場の隅に置かれている。

前の回で、音を示す方法を数えた。

音楽の話では、楽器が最大の手がかりだった。

踊りの絵では、その手がかりが省かれる。

踊る体だけで、音を示している。

正確には、示していない。

見る側が、音があったはずだと補っている。

館の記録は、踊りの場所を書くことがある。

九点のうち、場所が分かるのは三点だった。

稽古場、茶屋、そして夜の街である。

残る六点では、場所が分からない。

背景が省かれているか、暗く沈んでいるためである。

舞台の版画だけが、場所そのものを描いていた。

踊りの速さも、記録には残らない。

ゆっくりした踊りか、激しい踊りかは分からない。

姿勢の崩れ方から推し量るしかない。

そして、踊っている人が誰かも、たいてい書かれない。

九点のうち、名前が分かるのは一点だけである。

その一点でも、名は詩人の号だった。

残る八点は、踊り子、水兵、森の精。

役割か、種類の名である。

第十八回でも、同じことを書いた。

群衆の話で見たとおり、名前は残りにくい。

踊る人も、働く人も、運ぶ人も、事情は変わらない。

記録に残るのは、作った人の名である。

次の回は、祈る人を見る。

そこでも、見えないものが主題になる。

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