COLUMNSコラム: 美術史・技法
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美術史・技法
注ぐための形——青木木米の急須と銀の器
急須の取っ手はなぜ横に付くのか。京焼、宜興、銀器、錫合金。注ぎ口と取っ手の位置は、飲み方と作法から決まっている。九点の器を並べ、機能が形を作る過程を確かめる。銀器の重さが記録に残る理由にも触れておきたい。
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美術史・技法
独学の肖像画——アミ・フィリップスと巡回画家
19世紀アメリカの巡回画家は、寸法も姿勢も型で揃えていた。学校に行かず、町から町へ移って注文を受ける商売。写真の登場で消えた仕事の跡を、九点の肖像から読み取る。額と絵が同じ町で作られていたことも手がかりになる。
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美術史・技法
絵を家業にする——ピール一家
ピール一家は四人が画家だった。父は肖像、息子は静物、孫の世代も描かれる。同じ顔を繰り返し売り、博物館という副業も持った。家業としての絵を、九点の公開作品から読む。楕円の窓という発明や、名前が期待になる過程も追う。
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美術史・技法
板に描くということ——メムリンクとヘラルト・ダヴィト
初期ネーデルラントの絵は木の板に描かれた。両面に絵があり、翼は切り離され、縁には枠の痕が残る。メムリンクとヘラルト・ダヴィトの小さな板絵八点から、材料と形が決めていたことを読む。翼を失った断片が何を語れなくなるのかも見ておきたい。
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美術史・技法
絵は、容器で変わる——尾形光琳の屏風と扇
屏風は折れ、扇は掛軸に改装される。日本の絵は、掛ける場所に合わせて姿を変えてきた。光琳の屏風から、西洋の美術館に入って装を変えた作品まで、形式という条件を八点で追いかける。折れる絵、巻ける絵、収納できる絵という条件を確かめる。
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美術史・技法
旅を売るという商売——歌川広重《東海道五十三次》
東海道五十三次は、旅をしない人のために作られた。広重は同じ宿場を二度描き、寸法を変え、文字を添えて別の客に売った。日本橋から京へ、街道の絵がどう商品になったかを十点でたどる。五十三という数の意味にも触れておきたい。
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美術史・技法
幅13センチの絵——奥村政信と紙の判型
柱に貼るための細長い版画があった。紙の規格が絵の寸法を決め、寸法が姿勢と構図を決める。奥村政信の柱絵から、判型という条件を読む。値段も飾り方も、紙の形から始まっていた。公開作品八点で追う。絹に描いた一点との落差も見ておきたい。
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美術史・技法
墨一色から始まった——菱川師宣の墨摺絵
初期の浮世絵には色がない。菱川師宣の墨摺絵は、線の太さと黒い面の置き方だけで人と町を描き分けた。色は買った人が筆で塗った。公開作品六点で、色を持たない版画がどう見せていたかを確かめる。墨だけで奥行きを作る手つきを、細部から追いかけたい。
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美術史・技法
家具はなぜ美術館にあるのか——タウンゼンドとハーター兄弟商会
高さ25センチの椅子から始めたい。座れない大きさで、特許の出願に添えた模型である。国の歴史を語るため、産業の見本にするため、そして家が無くなったため。家具が美術館に入る事情と、用途を止められた家具が何を失うのかを考える。
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美術史・技法
顔が、通貨になるとき——ローマの貨幣とフランクリンの円板
共和政ローマの銀貨に載る顔は、神のものだった。三世紀の金貨では皇帝自身の顔になり、称号が周囲を回る。メダル、就任記念、博覧会の賞牌、そして1907年の金貨まで。顔が通貨になるとき何が起きるのかを、金属の上で読む。
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美術史・技法
色を、塗らずに入れる——ルイス・C・ティファニーのガラス
ティファニーのガラスは、模様を塗っていない。色は素材の内側にあり、熔けたガラスを動かした痕跡が葉や羽根の形になる。値札が残る底、工数を書き込んだ図案、白黒写真しか残らない八点。自然を写すという言葉の中身を十点から考える。
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美術史・技法
「記録」という言葉を、疑ってみる——ジョージ・カトリンの肖像
カトリンの絵は「消えゆく人々の記録」として売られ、有料で公開された。捕虜として描かれた肖像、そろえられた寸法、番号を振られた後年の連作、目撃できない主題の絵。記録という主張がどう作られたのかを、所蔵館の記録と突き合わせて検証する。
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美術史・技法
一ドル紙幣の、あの顔——ギルバート・スチュアートの複製
一ドル紙幣の肖像は、ギルバート・スチュアートの絵にもとづく。義歯で形の変わった口元、何も描かれない背景、そして繰り返し複製された三つの型。独立まもない国で、一人の顔が国家の記号になっていく過程を六点の作品からたどる。
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美術史・技法
白は、塗らずに作る——鈴木春信と錦絵の誕生
多色摺の錦絵は、鈴木春信の時代に始まった。白は塗らずに紙の色で作り、見当という小さな刻み目で色板を合わせる。手間のかかる技術が、なぜ町の道楽から生まれたのか。判型が定まる過程や、紙を凹ませる技法まで、公開作品からたどる。
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美術史・技法
舞台の顔は、誰のものか——写楽と勝川派の役者絵
隈取をした顔は素顔ではない。女形の顔は本人の性でもない。それでも顔だけは似ていなければならなかった。芝居小屋で売られた宣伝物としての役者絵は、型と個人をどう同居させたのか。十か月だけ現れて消えた絵師、写楽の位置もあわせて考える。
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美術史・技法
入れない部屋があった——カウフマン、モリゾ、カサットの条件
才能の話ではなく、制度の話をしたい。裸体を描く教室に入れないこと、ひとりで出歩けないこと、作品に手を入れられる側に置かれること。十八世紀から十九世紀にかけての五人の画家が、その条件の中で何を選び、何を主題にしたのかを作品から追う。
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美術史・技法
スケッチブックの中身——ベンジャミン・ウエストとトマス・コールの素描
腕の角度を二通り試した線、途中でやめた肩、ほとんど白いままのページ。捨てられるはずだった紙が、なぜ美術館の収蔵品になっているのか。素描は何のために描かれ、どう残ったのか。そして「素描」という分類は、いったい何によって決まっているのか。
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美術史・技法
アメリカはなぜ、荒野を歴史画の大きさで描いたのか——トマス・コール《オックスボウ》
入場料25セント、三週間で1万2千人。十九世紀アメリカの風景画は、見世物であり、記録的な値段で売れる商品だった。なぜ荒野が歴史画の寸法で描かれたのか。そして「手つかずの自然」という言葉が消していたものは何か。三人の画家の主張を読み分ける。
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美術史・技法
甲冑は、誰に見せるための衣装だったのか——クンツ・ロッホナーの人馬用甲冑
重すぎて動けなかったというのは後世の作り話である。実戦用・競技用・儀礼用の三つを並べ、部品の名前から兜の中の息苦しさ、そして日本の具足まで。防具が身分を表示する装置でもあったことを読む。
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美術史・技法
カーテンを引きたくなる絵——ファン・デル・スペルトとハーネットのだまし絵
1658年のオランダで、画家は絵の上に青いカーテンを描いた。開けようとして気づく仕掛けである。だまし絵・ヴァニタス・豪華静物という三つの型を並べ、静物画が操作しているのは「見る速度」だという話をする。
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