美術史・技法

祈る姿勢は、体を低くする——祈祷用の木彫玉・ブリオスコ・ダヤールほか九点

祈りは心の中で起きる。外から見えるのは姿勢と道具だけである。九点で、その示し方を数えたい。跪く四点、手を合わせる三点。五センチの木彫玉には、群衆が彫り込まれていた。祈る相手は、人の形とはかぎらない。日、鏡、祠へ向かう例もあった。

大ヤコブの生涯の場面を表す祈祷用の木彫玉
アダム・ディルクス《大ヤコブの生涯の場面を表す祈祷用の木彫玉》クリーヴランド美術館蔵

五センチの中に、群衆が彫られている

ごく小さな木の玉である。

館の記録によれば、全体で5.8×4.8センチしかない。

親指の先ほどの大きさだ。

その玉が、二つに開く。

館の画像には、上下に分かれた状態が写る。

外側は、多角形に削られている。

面には、細かい文字が帯のように巡る。

そして、内側の面が問題である。

円い窪みの中に、場面が彫り込まれている。

人が何人もいる。

建物の柱と、屋根の骨組みも見える。

一人の顔は、一ミリに満たない。

それでも、頭と体が分かる。

材料は、目の詰まった木である。

大ヤコブの生涯の場面を表す祈祷用の木彫玉
アダム・ディルクス《大ヤコブの生涯の場面を表す祈祷用の木彫玉》1500年から1530年ごろ。館の記録では、ツゲ材。全体5.8×4.8センチ。番号は1961.87。クリーヴランド美術館蔵。アダム・ディルクス《大ヤコブの生涯の場面を表す祈祷用の木彫玉》クリーヴランド美術館蔵

館の記録は、この種の品を説明している。

二つに開く容器で、十五世紀末から1530年ごろまで身につけられた。

とくに、ある地域で多く作られたという。

材料は、たいていツゲである。

そして、きわめて精密に彫られる。

建築の形や、透かし彫りを含むことが多いと記録は書く。

これは館の記述である。

こちらで確かめられるのは、内側に場面がある、ということだ。

九点を選ぶとき、記録に祈りや礼拝の語があるものを拾った。

祈るという行為は、絵にしにくい。

心の中で起きることだからである。

外から見えるのは、姿勢と道具だけだ。

九点を並べて、その示し方を数えたい。

祈る姿勢は、体を低くする

幼子キリストを礼拝するサリチェート伯ピエル・フランチェスコ・ヴィスコンティ
ベネデット・ブリオスコ《幼子キリストを礼拝するサリチェート伯ピエル・フランチェスコ・ヴィスコンティ》1484年の少しあと。館の記録では、大理石に金を用いる。全体61×61×13.1センチ。番号は1928.863。クリーヴランド美術館蔵。ベネデット・ブリオスコ《幼子キリストを礼拝するサリチェート伯ピエル・フランチェスコ・ヴィスコンティ》クリーヴランド美術館蔵

ツゲについて、少し書いておきたい。

年輪が細かく、木目がほとんど見えない。

だから、どの方向にも彫れる。

普通の木材では、木目に沿って割れる。

ツゲなら、一ミリの人物も彫り出せる。

材料の性質が、この細かさを可能にしている。

第十九回で、材料と技法の関係を扱った。

彫れる細かさは、木の目の細かさで決まる。

正方形の浮彫である。

一辺が61センチ。

厚みは13.1センチある。

左に、女性が座る。

膝に、幼い子を抱く。

その前に、男が跪いている。

横向きである。

甲冑らしいものを着ている。

両手を胸の前で合わせる。

顔は、幼い子のほうを向く。

その後ろに、数人が立つ。

上のほうに、木の枝と、金色の岩がある。

さらに上に、小さな人物が浮かぶ。

館の記録によれば、これは墓の記念碑の一部だった。

ある教会にあったという。

そして、跪く人物は軍人であり外交官だったと記録は書く。

これは館の記述である。

第十三回で、跪く姿勢を扱った。

跪く話では、相手が要ると書いた。

ここでも、相手がいる。

そして、跪く人のほうが低い位置にいる。

高さの差が、そのまま関係を示している。

同じ場面を、二百四十年の差で描く

羊飼いの礼拝
アドリアーン・イーゼンブラント《羊飼いの礼拝》おそらく1520年から40年。館の記録では、板に油彩。74.6×57センチ。額を含めて93.3×74.9センチ。番号は1978.46.1。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アドリアーン・イーゼンブラント《羊飼いの礼拝》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

館の記録は、額を含む寸法も書いている。

93.3×74.9センチである。

そして、制作年に「おそらく」が付いている。

1520年から40年、という幅もある。

第十四回で、年の欄の留保を扱った。

板絵は、署名や年記を持たないことが多い。

縦長の板絵である。

石造りの建物の中である。

左右に、彫刻の入った柱が立つ。

奥に、丸い天井の通路が見える。

その向こうに、緑の丘と空が広がる。

中央に、青い衣の女性が座る。

前に、白い布に包まれた幼児がいる。

右に、赤い衣の老人が跪く。

手を胸の前で合わせる。

左と右に、人物が数人ずつ立つ。

粗い衣を着ている。

一人は、帽子を脱いで手に持つ。

床には、藁のようなものが敷かれる。

羊飼いの礼拝
クリスティアン・ヴィルヘルム・エルンスト・ディートリッヒ《羊飼いの礼拝》1760年代。館の記録では、布に油彩。54.9×73センチ。番号は71.162。メトロポリタン美術館蔵。クリスティアン・ヴィルヘルム・エルンスト・ディートリッヒ《羊飼いの礼拝》メトロポリタン美術館蔵

館の記録の札には、六つの語が並ぶ。

男性、女性、犬、ろば、そして聖母子である。

つまり、館は画面の中身を語で索引している。

犬とろばが札に入っているのは、画面にいるからだ。

こちらでも、手前に犬らしい姿を確かめられる。

こちらは、横長の画面である。

同じ場面を描いている。

だが、扱いがまるで違う。

画面のほとんどが、暗い。

上のほうに、太い梁が渡される。

奥は、闇に沈む。

中央の下に、白い布に包まれた幼児がいる。

そこだけが、強く光る。

光は、その布から出ているように見える。

まわりに、人物が十人以上いる。

跪く人、身をかがめる人、立って見る人。

左に、女性が立ち、手を広げる。

右に、灯りを持つ人がいる。

手前に、犬らしい姿がある。

二点を並べたい。

同じ題、同じ場面である。

そして、二百四十年ほど離れている。

早いほうは、明るい。

背景に建物と風景があり、細部まで描かれる。

遅いほうは、暗い。

光る部分が一か所だけで、残りは闇である。

同じ祈りの場面でも、光の扱いが逆になっている。

第十九回で、画面の中の光源を扱った。

光源の話で見たとおり、光源を置くと影の向きが決まる。

遅いほうの一点では、光源が幼児そのものになっている。