COLUMNSコラム: 画家を知る
-
画家を知る
ゆがみは、失敗ではない——ジョージ・オーア
口が折りたたまれ、胴がねじれている。失敗作に見えるが、崩れる寸前で止められた形である。整えられないものは崩せない。同じ器を二つと作らなかった陶工の九点を、轆轤の跡から読む。売れなかったことが、かえって保存につながった。
-
画家を知る
大画面と、手のひらの板——ルーベンスと工房
横三メートル三十センチの画布に、実物大のライオンが九頭。かたや縦五十センチの小さな板は、大画面のための下絵である。工房を構え注文をさばいた人の仕事を、寸法の幅から九点で見ていく。晩年、この人は自分のために小さな板へ森を描いた。
-
画家を知る
月夜だけを描き続けて——ラルフ・アルバート・ブレークロック
明るい空と、暗い地上と、黒い木の輪郭。ブレークロックはその型を何度も使った。型が確立していたために贋作が横行し、本人は病院にいた。九点を近くで見ると、手数の跡だけは真似できないと分かる。月は同じでも、木の描き方は一枚ごとに違っている。
-
画家を知る
壁画は消え、習作が残った——ウィリアム・モリス・ハント
ハントが晩年に描いた壁画は、まもなく傷み、覆われて見られなくなった。残ったのは習作と、三十年前に作った馬の浮き彫りである。本人が残したかったものと、実際に残ったもののずれを九点で見る。大きく作られたものほど、先に消えていく。
-
画家を知る
首は、なぜ長いのか——アメデオ・モディリアーニ
顎から鎖骨までが、実際の人体より伸びている。モディリアーニの首はなぜ長いのか。変形は奇抜さのためではなく、静けさのためだった。三年に集中した九点から、その理由を考える。長い首と、瞳のない目。短い時間に、一つの形が徹底された。
-
画家を知る
村の一場面を、絵にする——ウィリアム・シドニー・マウント
枯れ木と家が二軒。人は小さく、何をしているかも分からない。それでも絵として成立している。マウントが生涯描き続けたロングアイランドの暮らしを、肖像から風俗画まで九点でたどる。近すぎず遠すぎない距離が、この画家の持ち味である。
-
画家を知る
見ている人を、描く——メアリー・カサット
扇の上から、目だけがこちらを見返してくる。カサットが繰り返し描いたのは「見ている人」だった。桟敷、砂浜、庭、そして三重の鏡。三十年にわたる九点から、見ることそのものを主題にした画家を読む。見られる側に置かれがちだった人が、見る側を描き続けた。
-
画家を知る
法廷を、絵の主題にする——ジャン=ルイ・フォラン
劇場の裏、競馬場、川辺。フォランの初期の絵には軽さがある。ところが後半、主題は法廷と嘆願と徴発に移り、色が暗くなる。風刺画家が笑わなくなるまでの四十年を、九点で順に追いかける。笑いを外したとき、絵には状況の重さだけが残った。
-
画家を知る
速さで、人をつかまえる——ロバート・ヘンライ
雪の面は数回の筆、人影は二、三筆で済まされている。それでも湿り気と動きが伝わる。ロバート・ヘンライは速く描く人だった。都市の風景から子どもの肖像まで、九点に残る速さを見る。速い絵には、描いた手の動いた順序が残る。
-
画家を知る
窓のこちら側から——チャイルド・ハッサム
題は《ニューヨークの窓》。しかし窓の外に街の形はほとんど見えない。見えるのはカーテンを透かした光の色だけである。ハッサムの八点を並べ、明るい絵を明るいまま成立させる仕事を見ていく。影が薄く色が澄んでいる絵は、軽く見られやすい。しかし持たせるのは難しい。
-
画家を知る
空気そのものを、描く——サンフォード・ロビンソン・ギフォード
谷の底が見えない。光に埋もれている。ギフォードが描いたのは山でも木でもなく、空気に散った光である。峡谷から静物、イタリア、エジプト、ギリシャまで、七点を通して空気の描き方をたどる。空気を描くとは、要するに差を描くことである。
-
画家を知る
遠くへ行って、持ち帰る——フレデリック・エドウィン・チャーチ
北の海岸、南米の火山、地中海の廃墟、熱帯の川。チャーチは四半世紀にわたって遠くへ出かけ、小さな写生を持ち帰った。土地は変わるのに方法は変わらない。七点に共通する光の設計を読む。行けない場所を絵の前で見る。十九世紀の見る人にとって、これは窓だった。
-
画家を知る
輸出のために、作りかえる——初代宮川香山
明治の焼き物は輸出品だった。初代宮川香山は、器から蟹や鳥が飛び出す作風で名を上げ、その看板を自分で下ろす。形と釉薬だけで見せる後半の仕事を、七点の静かな器からたどる。売れる物を作ることと、作りたい物を作ること。その優先順位を、途中で変えた人である。
-
画家を知る
版画で名を成した人の、板絵——アルブレヒト・デューラー
デューラーの名は、たいてい版画とともに語られる。では、線を刻む人が絵具を持つとどうなるか。両面に絵のある板、牛の素描、途中で止まった一枚。七点の板絵と紙から、版画家の手つきを読み取る。絵具で描いていても、線で形を決める癖は消えていない。
-
画家を知る
絵の裏に、もう一枚——エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー
美術館の壁には、たいてい絵の表しか掛からない。だが裏にも絵がある画布が存在する。しかも一枚は、表が1909年、裏が1928年。二十年をまたいで同じ布が使われた。キルヒナーの六点を見る。一枚の布の厚みに、一人の画家の二十年が収まっている。
-
画家を知る
夫婦を、二枚に分ける——アングルの肖像
同じ年、同じ大きさで、夫と妻が別々の画面に描かれた。向かい合わせに掛けるための設計である。アングルの肖像を六点並べ、なめらかな面と明確な輪郭、そして織物にかけられた手数を確かめる。三十年間、この画家の顔はほとんど変わっていない。
-
画家を知る
散らかった家を、丁寧に描く——ヤン・ステーン
酒がこぼれ、樽が転がり、犬が卓の肉を狙う。描かれている場面は乱れているのに、絵そのものは少しも乱れていない。「ヤン・ステーンの家」と呼ばれた散らかりを、丁寧に描いた六点を見ていく。床に落ちた紙一枚まで、きちんと描かれている。
-
画家を知る
輪郭線で、絵を立てる——サンドロ・ボッティチェッリ
頬から顎へ、輪郭が一本の線として通っている。ボッティチェッリの絵で最初に目につくのは色でも光でもなく線である。テンペラという技法が線を要求した事情から、円形の板の構図まで、六点で線を追いかける。四百年以上前の板の上で、輪郭はいまも張っている。
-
画家を知る
遠近法を、浮世絵に入れる——歌川豊春の浮絵
夜の芝居町。道の両側の軒の線を延ばすと、画面の中央で一点に交わる。十八世紀の江戸で摺られた版画に消失点がある。歌川派の祖・豊春が、浮絵と俯瞰と柱絵と肉筆を、どう使い分けたのかを六点でたどる。遠近法は、道具の一つとして扱われていた。
-
画家を知る
都市は、毎日が興行——ジョージ・ベローズ
会員制クラブの抜け道で行われたボクシング、駅の巨大な掘削現場、夜の川で泳ぐ子どもたち。「美しい絵」の外にあった20世紀初頭のニューヨークを、ベローズは汗と埃ごと描いた。42歳で急逝した画家の九点で、都市という興行を見る。
15 / 19 ページ(全 380 件)



















