COLUMNSコラム
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画家を知る
背景に、商品と土地を描く——ラルフ・アール
扉の奥に反物を積み、窓の外に自分の町を描く。英国で学び、コネティカットへ戻った画家の九点。背景の選び方に、注文主が何者でありたかったかが出ている。英国時代の二点も並べ、注文主が変われば絵がどう変わるかを見比べていく。
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画家を知る
居酒屋と衛兵所を、描き続ける——ダフィット・テニールス
薄暗い室内に、卓と壺と犬。同じ主題を二十年以上描き続けた画家の七点を見る。床に何が置かれているかを追うと、絵の性格がはっきりしてくる。農民画を買ったのは農民ではない。描かれる側と買う側のずれにも触れておきたい。
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画家を知る
役者と女、二つの畑を耕す——歌川豊国
一人を大きく描く役者絵と、大勢を小さく描く三枚続き。歌川派を江戸最大の流派にした絵師は、その両方を並行して手がけた。九点で、仕事の幅を確かめる。一人を大きく描く技術と、大勢を小さく描く技術。その両方が流派の基礎になった。
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画家を知る
二十二キロの鉄をつくる——コールマン・ヘルムシュミット
アウクスブルクの甲冑師が残した九点。皇帝の腰当ては片方四百八十二グラム、馬上槍試合の兜は四キロを超える。数字と部品から、着て動くための道具としての甲冑を見る。顔の形をした面頬や、少年用の兜も残る。守る道具が、見せる道具にもなっていく。
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画家を知る
暗い背景に、家族を並べる——ジョシュア・ジョンソン
記録に残る最初期のアフリカ系の職業肖像画家とされる人が、港町ボルティモアで描いた八点。正面を向く顔、薄い影、家具の縁の金色の鋲。繰り返される型から、一人の職人が見えてくる。顔ではなく手を追うと、繰り返される癖から一人の画家の輪郭が浮かんでくる。
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画家を知る
壁だったものが、九枚になる——ベルナルディーノ・ルイーニ
十六世紀の壁画が、寸法のばらばらな九枚として残っている。夫婦の物語を九場面に割り、緑の風景の中に人を点として置いた。部屋を失った絵の見方を考える。寸法のばらつきは、窓や扉のあった壁の記憶である。額に入った壁を、順に見る。
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画家を知る
手のひらに載る、絹の歌仙——狩野昌運
縦十八センチの色紙に、歌人が一人ずつ座っている。顔の線は三本ほどしかないのに、装束と姿勢で人が分かれる。狩野派の小さな仕事を、九葉並べて見ていく。大画面の華やかさはないが、一センチの顔に線を三本引く精度がここにある。
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画家を知る
同じ寸法で、九人の女神を——ジュゼッペ・ファニャーニ
一八六九年、同じ大きさの絵が九枚描かれた。詩神を一人ずつ、持ち物と姿勢だけで描き分けている。うち七枚は白黒の記録写真しかない。制約の中の工夫を、九枚並べて確かめる。同じ背景、同じ衣。変えられるのは姿勢と持ち物だけという条件の中の仕事である。
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画家を知る
イタリアで、肖像の型をつくる——アンソニー・ヴァン・ダイク
一六二一年、若い画家が南へ発つ。以後六年、ジェノヴァを拠点に注文をこなすうちに、垂れる幕と黒い衣とずれた姿勢という型ができていく。九点で、その六年の変化をたどる。顔から入り、衣を見て、最後に背景を見る。その順で並べると変化がよく分かる。
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画家を知る
十か月で消えた絵師——東洲斎写楽
記録に残る作画期間は、およそ十か月。雲母を撒いた背景に、大きすぎる手を描いた絵師がいた。似せながら崩す九点をたどり、版元の企画としての役者絵と、百年後に刷られた同じ図を見る。顔を似せながら、釣り合いを崩す。それでも誰か分かる綱渡りが、そこにあった。
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美術史・技法
手のひらに、顔を持ち歩く——アメリカの肖像細密画
縦5.2センチの象牙に、顔が一つ。金の枠に輪が付いているのは、首から下げるためである。写真が来る直前まで、離れた人の顔を持ち歩く手立てはこれしかなかった。十点の細密画を見る。数が少ないほど、一つの顔は重くなる。
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美術史・技法
注文帳を、埋めていく——ロムニー、ホプナー、レイバーン、ローレンス
縦二メートル四十センチの画布に、白い衣の女性が立つ。十八世紀イギリスの肖像画は、型がほぼ固まっていた。その内側で四人の画家がどう差をつけたのかを、五十年分の九点から読む。型を壊すのではなく、型の内側で工夫する。それが注文仕事の宿命だった。
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美術史・技法
金地から、顔へ——ジョヴァンニ・ディ・パオロ、クリヴェッリ、ルイーニ、ロット
金地の前に聖人が立つ絵から、暗い部屋で本を開く修道士の顔まで。百年余りのあいだに、イタリアの板絵は記号から記録へ移った。四人の画家の九点を年代順に置き、その道筋をたどる。金が消えたことは、必ずしも進歩ではない。
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美術史・技法
板の上の、祈りの部品——ダヴィト、ファン・クレーフェ、フアン・デ・フランデス
縦21センチの板に、人物が八人。床の敷石も壁の織物も描かれている。これは祭壇画の部品であり、単独で見るために作られていない。散らばった板を仮に並べ直し、九点で祈りの絵を読む。祈りの絵は、置かれる場所とともに作られていた。
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美術史・技法
森に住んで、森を描く——ルソー、トロワイヨン、カザン
森の道を、人が一人歩いている。それだけの絵である。名所でも遺跡でも絶景でもない。主題の格を下げることで、その後の絵画が変わった。バルビゾンの画家たち三人の九点を年代順にたどる。日常の風景を描いてよい、という前提がここでできた。
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美術史・技法
戦わない武具——梅忠元重の矢の根と後藤家の小柄
矢の先端が透かし彫りになっている。これでは突き刺さらない。戦のない時代、武具の技術は装飾へ向かった。1645年在銘の矢の根と、赤銅に金を置いた刀装具。九点の小さな金物を見る。戦わない武具は、戦わないからこそ美しくなった。
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美術史・技法
川と工場を、同じ目で——ウィアとトワクトマンのコネティカット
灰緑色の風景に、塗りたての赤い鉄橋が突き刺さっている。ウィアとトワクトマンは、川も工場も同じ目で描いた。美しいものだけを選ばない風景画の姿勢を、コネティカットの九点から読む。自然と構造物を分けずに見る目が、この九点にはある。
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画家を知る
はがき大の、旅の記録——ジョージ・エルバート・バー
縦8.7センチ、横25.1センチ。名刺を三枚並べたほどの紙に、朝の山並みが三層の色で置かれている。版画家バーがヨーロッパを回った四年間の記録を、手のひらに載る九点でたどる。完成作として作られていないのに、そのまま作品として通用する。
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画家を知る
同じ像が、何度も生まれる——フレデリック・レミントン
同じ題の像が三つある。1899年鋳造、1910年鋳造、そして作者の没後1918年の鋳造。彫刻は複製できる。絵とは決定的に違うその性質を、レミントンの九点から考える。作られた時と、この個体が生まれた時は違う。複製できることは、力でもある。
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画家を知る
76センチと8センチ——ヘンリー・インマンの肖像
十九世紀前半の肖像には、二つの大きさがあった。壁に掛ける縦七十センチの油彩と、首から下げる縦八センチの象牙。同じ画家がその両方を手がけていた。写真が来る直前の九点を並べる。公の顔と、私的な顔。寸法の違いは仕事の違いでもあった。
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