COLUMNSコラム

  • 美術史・技法

    紙に書かれた言葉が、そのまま題になる——ホイッスラーの画帖九点

    五月十八日。四十と五十。酒手。油の夜。館の題は、頁の走り書きをそのまま採っている。日記の文の上に絵が重なり、一冊はばらされて一枚ずつ台紙に貼られた。私的な帳面がたどった行方を読みたい。題が生まれる瞬間を見たい。

  • 美術史・技法

    四センチの絵の、裏に書かれた名——アメリカの細密肖像九点

    象牙に水彩で描かれた画面は、親指の先ほどの大きさしかない。署名を入れるだけの余白はどこにもない。だから名は裏か、飾り入れの中に畳まれた紙に書かれる。写真が広まる前の、顔を持ち運ぶ道具を読みたい。裏へ回った名を読みたい。

  • 名画の楽しみ方

    壺の底に、押された印——ジョージ・オアほかアメリカの陶器九点

    置いてしまえば隠れ、持ち上げなければ読めない。それでも、印は必ず押される。焼く前の柔らかい土に型を当て、そのまま窯に入れる。見えない面に置かれた小さな文字が、その品の記録の量を決めている。底の印が語る来歴を読みたい。

  • 名画の楽しみ方

    贈るための銀器に、十行の献辞——フレッチャーの壺ほか九点

    誰から、誰に、何のために、そしていつ。台座や胴の平らな面に、それだけの文が彫り込まれる。十二キロを超える銀は、団体が金を出し合って作らせた品である。曲がった面に文字を彫るという仕事を読みたい。贈るという目的が形を決めている。

  • 名画の楽しみ方

    銀の杯に、二種類の文字——作り手の極印と、持ち主の頭文字

    極印は打ち、頭文字は彫る。前者は目立たない場所に、後者は人から見える場所に置かれる。三つの文字を三角に配せば、夫婦の持ち物だと分かる。磨くたびにわずかずつ減っていく、銀器の文字を読みたい。打つ文字と彫る文字を分けたい。

  • 名画の楽しみ方

    悼むための物に、名を刻む——菱形の紋章から大理石の記念碑まで九点

    菱形の紋章、髪を収めたブローチ、記念のメダル、そして三メートルを超える碑。材料も大きさもばらばらだが、九点はいずれも名か頭文字か日付を持っている。それがなければ、ただの飾りになってしまう。名を残すための工夫を読みたい。

  • 名画の楽しみ方

    布に、文字を縫う——アン・チェイスの手本布ほか九点

    文字を一通り並べ、模様を縫い、最後に自分の名と年と齢を入れる。九点の作り手は、ほとんどが十代の少女である。生年と制作年を引き算してみると、十二歳の仕事が二点あることが分かる。針で書いた文字を読みたい。

  • 名画の楽しみ方

    円の縁を回る文字——19世紀アメリカのメダル九点

    文字は上から始まり、左右に分かれて縁を降りていく。下の縁では、年だけが水平に置かれる。円弧に沿って文字を彫るのは難しく、しかも型の上では左右が逆である。小さな円板に刻まれた文字を読みたい。彫る順序と読む順序を追いたい。

  • 名画の楽しみ方

    皿に刷られた、教えと日付——デイヴンポートほか九点

    一つの悪い癖に使う金があれば、子供が二人育つ。子供に読ませるために作られた皿である。日付、戦役の名、綴りの誤り、そして揃いの名。景色を刷っただけではない転写皿の、裏と表の文字を読みたい。言葉を載せるために作られた皿である。

  • 名画の楽しみ方

    景色の名の隣に、作った会社の頭文字——19世紀の転写皿九点

    裏の同じ枠の中に、描かれた土地の名と製造した会社の名が同居している。名前の途中に頭文字が挟まることさえある。読みにくいまま題にするのは、刷られた順序を残すためだ。商標としての文字を読みたい。地名と社名の並び方を見たい。

  • 名画の楽しみ方

    題が、皿の裏に刷られた文字である——英国製アメリカ向けの転写皿九点

    館の題に斜線が入り、大文字と小文字が不規則に混じっている。館が付けた題ではなく、皿の裏の枠に刷られた文字をそのまま写しているからだ。食卓に置けば隠れてしまう面の文字が、いま作品の名になっている。裏の枠が題を決めている。

  • 美術史・技法

    表紙に貼られた、細長い紙——喜多川歌麿《銀世界》ほか絵入り本九点

    表紙は無地か地紋だけで、左上に細長い紙片を貼り、そこへ書名を書く。剥がれてしまえば、その本の名は分からなくなる。館の札がそのすぐ隣に並び、二百年を隔てた二つの札が同じ表紙に同居している。題を保つための紙片を読みたい。

  • 画家を知る

    題箋——画面の隅に置かれた、題の枠——葛飾北斎《富嶽三十六景》九枚

    枠の中に揃いの名を入れ、その隣に一枚ごとの題を続ける。国の名を一字に縮め、そこへ地名をつなげる。九枚の題は、いずれも見ている場所を示している。主題はどれも同じ山だから、変わるのは場所だけである。枠の形と置かれる位置の違いも見たい。

  • 美術史・技法

    一枚の版画に、四種類の文字——広重《名所江戸百景》ほか九点

    右上に揃いの名と一枚ごとの題、左に絵師の赤い札、隅に版元と検めの印。四つとも役目がまったく違う。そして全部が版木に彫られ、何百枚にも同じ形で摺られていく。分業の証拠としての文字を読みたい。摺られた文字は手書きではない。

  • 美術史・技法

    落款——署名と印を一組で置く——曾我蕭白、岸駒ほか九点

    画面の隅に号を書き、そのすぐ下に印を押す。号は本名ではなく、自分で名のった別名である。作者の欄に二つの名が並ぶ理由と、生没年に疑問符が付いてしまう事情とを、九点の記録の欄から読みたい。号と印が一組になる理由も考えたい。

  • 美術史・技法

    赤い印が、十を超えて押される——項聖謨《白菊》ほか九点

    作者が押し、持ち主が押し、見せてもらった人まで押す。だから時代が下るほど印は増えていく。彫った文字を朱で押すのだから、これもまた文字である。館の欄には現れない赤い四角を、自分の目で数えたい。印の数は来歴の長さでもある。

  • 美術史・技法

    手紙が、掛軸になる——小堀遠州の消息と歌麿《文を読む若い女》ほか九点

    誰かに宛てた私信を表装し、床の間に掛ける。そこで読まれるのは用件ではなく、筆の運びのほうである。手紙を持つ人、届ける人、袖にしまう人。手で書かれた文字がさまざまな形で残された九点を読みたい。私信が作品に変わる境目を見たい。

  • 美術史・技法

    画面に、詩を書く——呉春《猫と歌》と董其昌ほか九点

    猫は下のほうに小さく描かれ、残りはほとんど全部が文字である。書が主役になり、絵のほうが脇役にまわる。掛軸、画帖、石の衝立、焼き物の鉢、そして狂歌の本。詩を載せるために選ばれた九つの形を読みたい。文字と絵の占める面積の比を見たい。

  • 美術史・技法

    題に「〜に倣う」と書き込む——王原祁、藍瑛ほか九点

    一つの題の中に、手本とした四人の名が並ぶこともある。西洋では作者の欄に入り、作品の値を下げる語である。こちらでは題に入り、むしろ教養の深さを示す。同じ言葉の向きが地域で正反対になることを読みたい。倣うという語の重さを読みたい。

  • 美術史・技法

    年の欄の「日付あり」が意味すること——倪瓚、呉鎮ほか中国絵画九点

    この語が付いているとき、その年は作品そのものの上に書かれている。研究者が推し量った年ではない。款記の中に干支と元号が並び、絵と文字が同じ筆で書かれている。短い一語が確からしさを分ける仕組みを読みたい。

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