COLUMNSコラム

  • 美術史・技法

    「記録」という言葉を、疑ってみる——ジョージ・カトリンの肖像

    カトリンの絵は「消えゆく人々の記録」として売られ、有料で公開された。捕虜として描かれた肖像、そろえられた寸法、番号を振られた後年の連作、目撃できない主題の絵。記録という主張がどう作られたのかを、所蔵館の記録と突き合わせて検証する。

  • 画家を知る

    波の白は、紙の白か、絵具の白か——ウィリアム・トロスト・リチャーズ

    水彩の白は、紙の白である。ではリチャーズは、砕ける波の泡をどう作ったのか。現地では動かないものだけを写し、帳面では波を何十枚も反復する。大判の水彩から晩年の油彩まで十点を並べ、動くものを描く手順を追いかける。

  • 画家を知る

    肖像画は、二十日で仕上がった——トマス・サリーの帳簿

    2メートルを超える全身像が、三週間で仕上がっている。トマス・サリーは着手日と完成日と値段を帳簿に書き残した。胸像は50ドル、頭部は30ドル。ヴィクトリア女王の一件を含め、19世紀の肖像画がどんな商売だったのかを記録から読む。

  • 美術史・技法

    一ドル紙幣の、あの顔——ギルバート・スチュアートの複製

    一ドル紙幣の肖像は、ギルバート・スチュアートの絵にもとづく。義歯で形の変わった口元、何も描かれない背景、そして繰り返し複製された三つの型。独立まもない国で、一人の顔が国家の記号になっていく過程を六点の作品からたどる。

  • 画家を知る

    正確さは、何を保証するのか——トマス・イーキンズの解剖と写真

    イーキンズは、水面を鏡のように描き、遠近法を紙の上で解いた。解剖学の実習、落選した手術室の絵、道具としての写真、そして教職を追われるまで。正確さは何を保証するのか。数字と観察に支えられた絵の強さと危うさを考える。

  • 画家を知る

    麦畑に、軍服が脱ぎ捨ててある——ウィンズロー・ホーマー

    ホーマーは戦場の挿絵画家として出発し、戦後は麦畑と子どもを描き、最後は水そのものを描いた。脱ぎ捨てられた軍服、描き替えられた鎌、狭い空。画面から人が減っていく過程を、公開作品六点で追いかける。省いたものが主題である。

  • 画家を知る

    空だけを、描く練習——ウジェーヌ・ブーダン

    ブーダンは、画面の三分の二を空にした。額縁屋の店番から始まり、十八歳のモネに外へ出ろと言った画家である。空を記録する練習が、なぜ商売として成立したのか。板に描かれた小品や、働く海の絵を並べながらたどる。

  • 画家を知る

    甘さは、どこから来たのか——ルノワールの肌と光

    ルノワールの甘さは、生まれつきのものではない。皿に花を描く仕事から始まり、三十代の終わりに行き詰まり、輪郭が戻り、南フランスで赤くなる。甘くない一枚から順に見ていくと、あの柔らかさが選択の結果だったことが分かる。

  • 画家を知る

    都市と畑の、あいだに立つ——カミーユ・ピサロ

    ピサロは、印象派展に八回すべて出品した唯一の画家である。畑を正面から描き、名所ではない場所を選び、働く人を画面に入れる。都市と農村のあいだで何を見ていたのか。厚紙に描かれた南国の風景から、点描の時期までを追いかける。

  • 画家を知る

    描くに値するものは、誰が決めるのか——ギュスターヴ・クールベ

    クールベは、酒場の女主人を歴史画の大きさで描いた。整えられていない表情、二つとも見えている手、自前の展示小屋、天使を見たことがないという言葉。レアリスムという挑発が何を要求したのかを、公開作品と当時の記録から確かめる。

  • 画家を知る

    銀灰色は、どこから来たのか——カミーユ・コローの風景

    コローの絵は、霞んだ銀灰色で知られる。しかしイタリアで描いた習作には、はっきりした影がある。サロンに出す絵と手元に置いた絵の違い、世界一多いといわれる贋作、そして「思い出」という題名。何が変わったのかを七点の作品からたどる。

  • 画家を知る

    五人を、横に並べる——鳥居清長の群像

    鳥居清長は、五人の女性を横一列に並べた。異様に背の高い人物、二枚三枚を続けて使う工夫、背景として描かれた江戸の町。一人を大きく描く流れの中で、群像をどう成立させたのか。十五年前の絵と比べながら、構成の作り方を読む。

  • 美術史・技法

    白は、塗らずに作る——鈴木春信と錦絵の誕生

    多色摺の錦絵は、鈴木春信の時代に始まった。白は塗らずに紙の色で作り、見当という小さな刻み目で色板を合わせる。手間のかかる技術が、なぜ町の道楽から生まれたのか。判型が定まる過程や、紙を凹ませる技法まで、公開作品からたどる。

  • 作品を知る

    波の下に、三十人がいる——葛飾北斎《神奈川沖浪裏》

    《神奈川沖浪裏》には、三十人ほどの人間が描かれている。舟の種類、三つの三角形、水平線の高さ、隅に押された落款。縦25センチほどの一枚の版画を、細部から読み直したい。同じ図の別の摺りや、同じシリーズの他の図と並べながら追いかける。

  • 画家を知る

    顔だけを、大きく描く——喜多川歌麿の大首絵

    喜多川歌麿は、顔を紙いっぱいに描いた。全身像が主流だった美人画で、なぜ首から上を選んだのか。人相を読む流行、名を書き込まれた実在の女性、雲母を撒いた背景、そして名前を消させた出版統制まで。公開作品八点で、大首絵という発明の中身を確かめる。

  • 暮らしと名画

    一枚の絵と、十分間——クロード・ロランの一枚で試す六つの手順

    美術館で一枚の絵の前に立つ時間は、実測で中央値十七秒。その十七秒を十分間に引き延ばすと、何が見えてくるのか。明暗の配分、色数、視線の道筋、筆の跡。知識の要らない六つの手順を順に試し、つまずきやすいところまで具体的に書いた。

  • 美術史・技法

    舞台の顔は、誰のものか——写楽と勝川派の役者絵

    隈取をした顔は素顔ではない。女形の顔は本人の性でもない。それでも顔だけは似ていなければならなかった。芝居小屋で売られた宣伝物としての役者絵は、型と個人をどう同居させたのか。十か月だけ現れて消えた絵師、写楽の位置もあわせて考える。

  • 美術史・技法

    入れない部屋があった——カウフマン、モリゾ、カサットの条件

    才能の話ではなく、制度の話をしたい。裸体を描く教室に入れないこと、ひとりで出歩けないこと、作品に手を入れられる側に置かれること。十八世紀から十九世紀にかけての五人の画家が、その条件の中で何を選び、何を主題にしたのかを作品から追う。

  • 画家を知る

    1876年、賞を受けた画家は会場に入れなかった——エドワード・ミッチェル・バニスター

    建国百年の万国博覧会で一等の銅賞に選ばれた風景画家は、黒人だという理由で会場から押し戻された。受賞作は現存しない。当サイトに残る106点の小さな絵から、この画家が実際に何を描いたのかを読む。事件だけで語り終えないための記事である。

  • 美術史・技法

    スケッチブックの中身——ベンジャミン・ウエストとトマス・コールの素描

    腕の角度を二通り試した線、途中でやめた肩、ほとんど白いままのページ。捨てられるはずだった紙が、なぜ美術館の収蔵品になっているのか。素描は何のために描かれ、どう残ったのか。そして「素描」という分類は、いったい何によって決まっているのか。

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