COLUMNSコラム
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蘭は、庭の名として生き延びた——ヒード・円山応挙・八大山人ほか九点
九点のうち、蘭の花が確かに描かれているのは二点しかない。三点では、蘭は四世紀の庭の名と、その庭で書かれた文の名として現れる。千数百年のあいだ、その名の中の蘭は一度も咲いていない。花があるときは背景を埋め、題だけのときは余白を残す。
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草を描くことは、余白を決めること——梁楷・探幽・ドービニーほか九点
一隅の葦、鴨のそばの数本、白鷺の背後。九点のうち四点で、草は画面の一部だけを占め、残りは空白だった。草の一本ずつを数えられるのは東アジアの四点で、西洋では草は塊か短い線の集まりである。草を描くことは、描かない場所を決めることでもある。
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実は、高さで読める——若冲・デポルト・ティファニーほか九点
枝に付いた実は人や獣の頭より上にあり、切られた実は台の上か膝の上にある。九点のうち四点で実は見上げる位置にあった。上にあるうちは眺めるもので、下りてくれば食べるものになる。そして粒を一つずつ描くかどうかが、房の描き方を二つに分けていた。
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蔓は、相手の形をなぞる——オキーフ・バーン=ジョーンズ・カメロンほか九点
木や草は自分の形を持つ。蔓は持たない。柱に巻けば螺旋になり、壁を覆えば面になり、岩に這えば塊になる。九点のうち四点で、蔓の形は相手の形をそのままなぞっていた。藤の花は一点にも咲いていない。線として見えるとき蔓は動き、面として見えるとき覆いになる。
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柳は、枝の向きだけで成り立つ——陳洪綬・一休宗純・コローほか九点
九点のうち六点で枝は垂れていた。垂れていない二点は、題がなければ柳と分からない。枝を切られた三本の棒と、光を含んだ丸い塊である。そして一点では、しなうという性質だけが人の名になっていた。垂れた枝を悲しみと読む記録は、九点に一つもなかった。
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牡丹は、重なりをどう見せるかで分かれる——惲寿平・華嵒・バジールほか九点
花びらが幾重にも重なるので、描く人は層の示し方を決めねばならない。輪郭線を引くか、色の濃淡で示すか、面から盛り上げるか。九点はその三つに分かれ、磁器の一点では花びらが実際に立ち上がっていた。輪郭のあるものはくり返しに向き、ないものは一度きりの姿になる。
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菊は、どこまで数えるかで描き方が変わる——沈周・カイユボット・モンドリアンほか九点
花びらが多く、株も群れる。だから描く人は、どこまで数えるかを決めねばならない。九点のうち四点は花びらを一枚ずつ描き分け、二点では花そのものが丸い塊になっていた。二点では菊は名前の中にある。密に群れるほど、花びらは一枚ずつ描かれなくなる。
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同じ木が、花と実に分かれる——若冲・高鳳翰・ヴァライエ=コステルほか九点
九点のうち、花として描かれた四点はすべて東アジアの作、実として描かれた四点はすべて西洋の作だった。例外は一点もない。花のときは葉がなく、実のときは葉がある。選ばれているのは季節のほうである。花の四点には葉がなく、実の四点にはすべて葉がある。
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竹は、書の手つきのまま描ける——洪範・祇園南海・胡正言ほか九点
幹は一筆、節は短い横線、葉は筆先を押して離すだけ。九点のうち五点が墨だけで描かれていた。しかし道具の上へ移ると、竹は青い線になり、金と銀の金属になり、そして工房の名にもなっている。節を描くために筆を止める、その一度の動作が竹を竹にする。
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松は、別のものの名に入り込む——広重・李鱓・ダンカン・ファイフほか九点
九点のうち、松が木として描かれているのは四点だけだった。残りでは、松の字は店の名になり、役者の名になり、明かりの道具の名になり、そして家具の見えない部分に使われる材の名になっている。針の一本ずつを彫るかどうかは、道具に従っている。
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虫は、数がそろって主題になる——呉炳・歌麿・グランヴィルほか九点
大きな獣なら一頭で画面が埋まる。虫は違う。九点を数えると、三点で虫は群れとして描かれ、二点では器や盆の形になり、二点では姿を見せないまま人を刺し、あるいは家の紋章として杯に載っていた。脚の本数は、真っ先に省かれる特徴だった。
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蝶は、どこにも止まらない——窪俊満・エーレト・コールテほか九点
鳥は枝に止まり、獣は地に立つ。蝶だけが支えなしに浮かんでいる。九点のうち六点で、蝶は余白や縁や頭の上にいた。止まった蝶は一匹もいない。残る三点では、蝶は花の名と金具の名と隣の一葉にいる。止まらないからこそ、どこにでも置くことができる。
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貝は、姿を変えずに器になる——清風与平・ユキエ・アルガルディほか九点
九点を数えると、生きている貝も蟹も一つもいなかった。四点で殻はそのまま皿や水盤や塩入れになり、一点では水を注ぐ器になる。ほかの獣は器になるとき姿を変える。貝だけが、形を変えずに器へ移る。殻の筋こそ、貝を貝と分からせる最小の印である。
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魚は、光る面として描かれる——青木木米・カールセン・ヒルほか九点
九点の魚を数えると、生きて水にいるのは二点しかなかった。鱗が一枚ずつ描かれるのは三点だけで、静物の魚は白く光る面になっている。残る三点では、魚は人魚の下半身と、金属の地の名と、人の姓だった。光り方だけが、新しさの証明になっている。
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美術史・技法
象の大きさは、隣に立つ人が証明する——スワン・アンドレアーニ・ディーン・ダヤールほか九点
牛や馬は体の側面を見せて値打ちを示した。象は人と並ぶことでしか大きさを示せない。九点のうち五点で、人は象の脚ほどに描かれている。比べる相手のいない一点だけが、ただの一頭に戻っていた。牙が描かれるのは、九点のうち三点にすぎない。
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蛇は、曲がり方で説明する——プラクシテレス・ゴブラン・セイヤーほか九点
九点のうち蛇の姿があるのは五点で、まっすぐな一匹もいなかった。押さえられて折れ、身を守って巻き、地形に沿って曲がる。残る四点では蛇は失われ、紋章になり、姿勢の名になり、森の名になっている。曲がり方そのものが、状況の説明になっている。
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龍は、うねる胴だけで成り立つ——デューラー・ラッカム・モリスほか九点
誰も見たことのない獣を九点数えた。姿があるのは五点で、翼を持つのはそのうち三点にすぎない。残る四点に龍はいない。川の名、二つの風の名、虫の名として、字だけが画面の外に残っていた。翼も脚も欠けることがあるが、うねる胴だけは五点すべてにあった。
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獅子は、たてがみと開いた口でできている——山口雪渓・カンパニョーラ・スタティほか九点
九点の獅子を数えると、骨格の描き方はばらばらだった。共通しているのは渦を巻くたてがみと、開いた口の二つだけである。見たことがなくても、その二つがあれば獅子になる。一点では葉から頭だけが生えていた。口を開けた姿が、この獣の標準になっている。
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虎は、見ずに描かれてきた——牧谿・岸駒・フランツ・マルクほか九点
日本にも中国の多くの土地にも、虎は身近にいない。だから画家は絵から絵へ姿を写した。九点を数えると、骨格の正確な三点はいずれも欧州の画家の手による。そして一点では、虎は床の敷物になっている。縞の描き方は、思ったほど安定していない。
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猿は、人の役を引き受ける——探幽・デューラー・ドゥカンほか九点
九点の猿を数えると、二点では人の服を着て説教し、絵を評していた。一点では鎖につながれ、一点では薬にするため殺される。犬が人の忠実さを説明するのに対し、猿は人そのものの代わりをつとめている。指を描くかどうかで、猿は道具を持つ者になる。
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