COLUMNSコラム
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作品を知る
四百年、同じ腕で抱いている——ベルリンギエーロ・ピサーノ・ロッセリーノほか九点
十三世紀の板絵、十四世紀の大理石、十五世紀のテラコッタ。材料も場所も違うのに、抱き方が同じである。九点で、抱く腕を数えたい。読める五点のうち四点が左腕だった。型の伝わり方も追う。輪郭に針で穴を開けた素描が、その仕組みを残している。
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美術史・技法
行列は、途中しか描けない——師宣・アンドレアーニ・グアルディほか九点
行列は横に長い。だから、小さく描くか、分けるかしかない。九点で、その解き方を数えたい。巻物、連作、器の一周。そして九点とも、列の先頭と最後尾は画面の外にあった。順序があることが、群衆との違いである。守られる人は、先頭ではなく真ん中にいた。
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作品を知る
数え切れない、と題に書いてある——デュヴェ・ルペール・池大雅ほか九点
紙の面積は決まっている。だから、数え切れない群衆も実際には数えられる。九点で、群衆の描き方を三つに分けたい。全員を彫るか、奥を省くか、頭を点にするか。材料が、描き込める限界を決めている。祭という理由が、題に四点入っていた。集まる理由がなければ、列も群れもできない。
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作品を知る
二人は、意外に向かい合わない——フリードリヒ・アルトドルファー・師宣ほか九点
二人が画面にいるとき、向かい合うか、並ぶか、背を向けるか。九点で数えると、向かい合うのは四点しかなかった。距離と頭の高さも測りたい。二人の名前は、九点とも記録に残っていない。背景に木を描く例が四点あった。二人の場面は、木の下に置かれやすい。
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名画の楽しみ方
習作という語が指す五つのもの——マウルベルチュ・ジロデ・ベローズほか九点
本番のための下絵、部分を試す紙、そして「習作」と題された完成作。九点で、その幅を並べたい。習作はどれも小さい。捨ててよいものが残ったのは、集めた人がいたからである。下絵で最初に決めるのは、明暗の大きな配分である。顔は数筆で済ませ、背景は省かれる。
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作品を知る
止まった画面で、動きをどう示すか——ホーマー・キルヒナー・劉節ほか九点
絵は一つの瞬間しか持てない。それでも動いて見える絵がある。九点で、その方法を五つに整理したい。あるはずのない位置に置く、体を曲げる、布を流す、段階を並べる、輪郭を崩す。魚が二点、東西から出た。止まっている一点があることで、逆に分かることもある。
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作品を知る
眠ることと、横たわることは違う——春信・ピルス・ベロックほか九点
横たわれば、支えの問題は消える。代わりに、体が横に長くなる。九点で、その扱いを数えたい。眠るが横たわらない鳥が一点、横たわるが眠らない例が二点。そして絵の眠りは、なぜか昼に偏る。語の一部が一致しただけの外れも、削らずに並べた。
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作品を知る
跪くには、相手が要る——サセッタ・エル・グレコ・ギュンターほか九点
立つのも座るのも一人でできる。跪くには、向かう相手が必要である。九点で、その相手を数えたい。人が二点、物が一点、器が一点。そして四点は、相手が画面に描かれていなかった。彫刻の三点は、いずれも箱や祭壇や机の部品として作られていた。単体では意味が完結しない。
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作品を知る
座るには、何かが要る——上垣鳳龍・デューラー・スーラほか九点
座る絵には、必ず座る場所が描かれる。地面、岩、机、縁台、龍、台座。その高さが、膝と腰の角度を決める。九点で、座る場所を数えたい。九点とも、こちらを見ている人は一人もいなかった。椅子に腰かける例は、九点のうち一点だけである。
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作品を知る
立つとは、倒れないことである——マルティーニ・エイキンズ・ヴィシュヌ像ほか九点
人が立つとき、体重は小さな足の裏に乗る。少しでも外れれば倒れる。だから立つ姿は静止ではない。九点で、体重の掛け方を測りたい。片脚に寄せる型と、左右対称の型で、時間の見え方が変わる。立つの語は、動物にも器の脚にも使われていた。
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美術史・技法
面という語が指すもの——ロダン・アルデグレーファー・ワトキンズほか九点
かぶる面、装飾としての顔、顔だけを作った彫刻、そして覆う布。同じ語が四つのものを指す。九点で、その広がりを並べたい。かぶる面を確実に描いた作品は、九点のうち一点しかなかった。目が合う顔も、九点に一つもなかった。装飾の顔は口を開け、彫刻の顔は目を閉じる。
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作品を知る
題が用意する理由——デューラー・モディリアーニ・スーラほか九点の裸体
衣を着ていない体を描くとき、絵は理由を用意する。神話にするか、水浴の場面にするか、習作にするか。九点で、その題の付き方を数えたい。描かれた人の名は、九点とも一つも残っていない。そして九点のうち六点に、白や青の布が写り込む。布は隠すだけの道具ではない。
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美術史・技法
足の語で拾うと、六点は人の足ではなかった——文伯仁・ピサロ・タルボットほか九点
記録の中の足の語で九点を集めた。人の足が主題なのは三点だけで、いずれも足を洗う場面だった。残る六点は、山の裾、橋のたもと、木の根元、器の脚、そして人名である。語の広がりを、そのまま並べたい。人の足が写る三点は、いずれも水辺にあった。
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作品を知る
手は、顔の次に情報を持つ——カリアーリ・ロートレック・ウィーリクスほか九点
指は五本あり、それぞれ三つの節を持つ。角度が変われば形が変わる。だから手は描くのが難しい。九点で、手が何をしているかを数えたい。持つ、遊ぶ、握る、噛まれる、縛られる、洗う。手だけを並べた紙もある。手の位置は、九点とも胸より上か、腰のあたりにあった。
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美術史・技法
老いは、輪郭に出る——ブルーマールト・フィスハー・スーティンほか九点
皺は遠くからは見えない。見えるのは、頬の落ちた輪郭と、たるんだ首である。九点で、老いの示し方を数えたい。白い髭が七点、細かい皺が四点。そして九点のうち、名前が推定されるのは一点だけだった。手の大きさで年齢を示す例も、そこに混じっている。
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美術史・技法
髪は、頭の輪郭を作り替える——レイバーン・デューラー・ロートレックほか九点
顔そのものを描き変えなくても、髪の形で人の見え方は動く。九点で、髪の扱い方を数えたい。白髪、髪帯、乱れ髪、髪を梳く手、そして髪を切る道具まで。線で描く髪と、面で塗る髪の違いも比べる。頭の上に何を載せるかも、五点で数えられた。光、笠、鳥、そして兜である。
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画家を知る
自画像だけ、なぜ目が合うのか——ジロデ・フィスハー・ラビーユ=ギアールほか九点
前の回で、肖像の目が合うのは九点中五点だった。自画像では、合わないのが一点しかない。理由は鏡にある。鏡を見て描けば、必ず自分と目が合う。九点で、その仕組みと大きさの幅を測りたい。写真の一点も並ぶ。九点のうち、老年の自画像は一つもなかった。
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作品を知る
体は、どこで切られるか——ヴェロッキオ・コルディエ・ドラクロワほか九点の胸像
胸像は、体を胸の高さで切り落とす。現実にはありえない形である。それが二千年続いてきた。九点で、切る位置を測りたい。彫刻は胸で切り、紙の上ではもっと下で切れる。理由は、支え方の違いにある。記録の欄も、彫刻と平面で書き方が変わる。奥行きの欄があるかどうかで分かれる。
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作品を知る
目が合う肖像と、合わない肖像——ハンネマン・ブロンズィーノ・モディリアーニほか九点
九点とも、館の記録が肖像と呼ぶ作品である。だが、こちらと目が合うのは五点しかない。肖像とは、見返す絵のことではないらしい。九点で、視線の向きを数えたい。写真も一点混じる。白目と光の点の有無も見る。大きさは九センチから九十一センチまで散らばる。
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作品を知る
横顔は、輪郭だけで足りる——コズメ・トゥーラ・マイヨール・ルドンほか九点
顔を真横に置くと、目は片方しか見えない。それでも人だと分かる。輪郭に情報が集まるからである。九点で、この向きの働きを測りたい。左向きが五点、右向きが四点。板から版画まで、素材も並べる。記録は顔の向きを書かない。
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